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その店の名は『中華飯店・泰山』
訳すと地獄と言う意味になる

承前:三日前、夜

 シンジはこれみよがしに怪しい『先生』とやらをつれて、地元に帰ってきた。
自宅に呼び込もうものなら、問答無用で実体化しそれを止める考えであったが、
向かう先は商店街『マウント深山』
 名前の由来は分からないが、友人である所のサクラも足繁く通う新鮮な食材の宝庫だ。
 だがしかし、アダムとイブの住む丘に林檎の木があったように、
どんな楽園にも禁忌とされる場所がある。
(どこに向かうのです、マスター。
 あそこは踏み入れてはならぬとサクラからも言われています!)
(大丈夫だ、オレは甘酢系で押さえておくから)
 そんな念話をかわしつつ、傍らに追従する太郎だかなんだかに
「ここのマーボーは絶品なんですよ」
 とかのたまうシンジ、ライダーちょっぴり見直す。

 やがて、夕食時にもかかわらずなんだか人が入ってなさそうなその店の暖簾をくぐった。
そこには厳かに、こうししたためられていた。
 『中華飯店・泰山』
 まるでラブホの入り口をくぐるような、このときめきと罪悪感はなんだ。


「アイヤ―、いらっしゃいませアル」
出迎えるのは身長140程度のちびっこ店長、バツさんである。
そのほほえましい容姿に太郎は大喜びし、ライダーもつかの間の食欲が沸く。
だが、彼女の細腕から繰り出される獄食の何たるかを知り、彼らが愕然とするそのときを
一番良い笑顔で待つのが彼、間桐慎二。
オーダーは彼が受け持つ、牛肉の甘酢あんかけと小龍包、それにビールである。
------外見幼女は落胆した、だがその小さな背中に慎二は追加注文の声をかける。 

「それから、彼に極上のマーボーを」
「任せるアル!至高の美味を用意するね!」

 今までの三倍のスピードで動き回る小さい店長を肴に、二人の男はジョッキを打ち合わせた。
「二人の再会に」
「ここに居ない正義の味方に」
『カンペー』
踏み台の上で豆腐を切る店長の尻を見ながら、その半分を飲み干し。
その血液を半分飲み干さんとちびっこのほうへ漂うらいだーの髪をがっし、と掴んで止める太郎。
目を白黒させてどう言うことか主に問う、しかし喉を湿らせた男達はすでに昔話に花を咲かせている。
「ホホウ、その後覚せい剤の密売人をあいてに?」
「何とか止めましたけどね、他にやり方があったんじゃないかと」
話の内容はわからないが、どうやらエミヤシロウなる人物に関係があるらしい。
それはひょっとして、サクラが通い妻をしている相手のことか?
今しばらく、二人の会話に耳を貸そうと思ったその矢先。

「はーい、麻婆豆腐お待たせアル―!」
中華は瞬速。

「ホホウ、コレが店主自慢のマーボーか」
力強くレンゲを握り締める『先生』ことタロウ。
「小皿を使わず大皿から直に食べるのがうまいっす、さめないし」
完全燃焼の反動で幾分おざなりな作りのあんかけに箸を伸ばしながら慎二は言う。
------ソレを垣間見たライダーは、店主の血を吸わなかったことを懸命に思った。
皿に咲く、熱帯雨林の大花を思わせる毒々しい朱。
コレがうまいのかどうかなど、思考の範疇を超えてた色。
果敢な戦士がひとさじ掬い、口に運んだ瞬間「カラーイ!!!」とブリッジをかます、そんな料理。
作る奴は異端のズンドコである、と。

だがそのとき、ライダーは信じられない光景を目の当たりにする。
ブリッジから腹筋だけで跳ね起きると、辛い辛いと喜んで匙を運ぶタロウ。
舌打ち一つで済ませるシンジはすなわちこの行動が理解の範疇だったと言うことか?
しかし、その火の粉がライダーにも降りかかるとは誰もがよもや思うまい。

「からいぞ、おまえも食え」
その恐るべき味覚兵器を小皿によそい、シンジに寄越すタロウ。
極上の笑みである、その誘い誰が跳ね除けることが出来よう。

だが、間桐慎二は自分の手を汚さない。
「------先生、あの漢詩はなんと読むんだろうね?」
「国破れて山河あり、か?中学でならったろう」
太郎が壁に目をやった瞬間、その皿をライダーが居ると思われるほうに差し向けた。
必死でいやいやする彼女に、令呪の入ったかばんを親指で指し示す。

「いや、改めて読むと哀愁あふれる詩だね。
今度は中国にでも行こうか」
太郎が絶妙のタイミングで振り向くと、空になった小皿が机の上で回って居る。
くわんくわんと音を立てる皿を眺め、ご馳走様と手を合わせた慎二。
少し離れた床に、レンゲが落ちていた。

「店長殿、こやつに杏酒と私に……なんと言ったかなあのキンモクセイの酒は」
「了解アル、ビンでヨロシ?」
「ああ、あとグラスを一個余分に」
ずいぶん遠くに落ちたレンゲを不思議な顔で回収すると、厨房に戻って行くバツさん。
壁の片隅から、女のうめき声が聞こえてくる、そんな気がした。


「で、どうすればいいんですかねえ、僕は」
「聖杯戦争の話か」
どうやら二人の話が、唐突に確信へと向かったらしい。
霊体でありながら、地を這うように二人へ近づくライダー。

ここ、冬木は霊脈の流れる土地、何十年に一度、聖杯の中身が満たされ手にした者の願いをかなえる。
その所有権を得るために、魔術師達が集い。
『英霊』と呼ばれる過去の英雄たちを召喚、血みどろの戦いを繰り広げるのだ。
それが聖杯戦争、魔術と魔術、力と力のぶつかり合い。

奇跡を欲するならば汝、
その力を持て最強を証明せよ、と。

他所にも聖杯を廻る騒動は多々存在するが、特にこの土地特有のシステムが、
前述した英雄の召喚、すなわちサーヴァント・システム。
この身、ライダーの異名を授かった自分も本来の名はメデューサ。
少なくともマーボーの味にもだえるような存在の器ではない。


「あいよ、お酒お待ちどうアル」
「ども……まあとりあえず飲め、急いては事を仕損じるぞ」
自分の酒を手酌でついで、ついでにもうひとつ、余分なグラスにも甘美な液体を満たす。
「その酒は?」
「とある部落に伝わるおまじないだ、飯を食ってる間に杯を酒で満たすとな、
神様が飲んでくれるんだ。
……もっと酒の肴が欲しいが、慎二、カンシャオシャーレンってなんだ?」
天井を睨み、記憶のそこから該当する食い物を引っ張り出す慎二。
「エビチリですね、恐らく」
「ああ、エビチリか」

------ふと、机の上に視線を戻すと。
グラスの酒が干されている------

「おお見ろ、やっぱり神様が飲んで下すった。
ありがたいありがたい」
(ライダァァァァッツ!!)
(すいませんシンジ、口の中が痛くて)
悪ぶれていない声だ、だって彼女はそれなりに神様に近い存在なのだから。


「でだ、たしかにおまえが考えているとおり、衛宮士郎はこの聖杯戦争を止めるために存在する、
私がそのように作ったのだ」
「そうだね、あの怪物なら戦争なんて鼻息ひとつで止められるだろうさ」
グラスの中身をなめながら、慎二はぼやく。
自分には関係無い、と言うより自分が関係していない、と言う所にすねている。
「だが、万全の体制を整えるべくこちらも手駒をそろえようと思う。
サーヴァントに対抗できる存在、その名も『インタラプトS』
すでに私を含め三人の魔人がこの冬木にそろっている」
太郎は何が言いたいかわかるか、と慎二の目を見ながら聞く。

「慎二、『殺人鬼』も『弾道の魔術師』の名も捨て、君は今から『アーチャ―』を名乗りたまえ」

 君が四人目だ、そう告げた太郎ではあったが、逢わせた視線は濁ったままだ。
「------『アーチャ―』か、果たして僕を手駒に加えてあんたになんの得がある」
「得、とは?」
「魔術師でもないのにおこぼれでマスターになって、昔のつてだけで『アーチャ―』を名乗れ?
こちとら人も殺せなくなった殺人鬼だぞ?
自分の才能の無さにも、存在のちっぽけさにも辟易している!
あれから幾年、あんたらの跡を必死にたどっても、自分は特別にはなれない。
今では思う心と動く体がてんでちぐはぐななスクラップ、ソレが僕さ!
戦争を止めるのなんて僕なんかよりよっぽど上等なあの機構に任せておけばいい
僕には、何も出来ない」

「おまえ、何か勘違いしているな?」
かつん、かつんとグラスを天板にぶつけ、遊び始めた太郎が言う。
「戦争を止めるのは衛宮士郎の悲願だ、別におまえが付き合う必要は無い。
『インタラプトS』の行動方針を伝えよう。
好きにやれ、ソレがこの戦をひっちゃかめっちゃかにする素敵な方法だ」
「は?」
「君は、生まれたときから舞台のメインキャストである」

ご馳走様と席を立ち、店を出る太郎。
最後に『励めよ』とファック・サインを残して、今生の別れを告げた。


 しばし呆然としていた慎二、残った杏の酒を注ごうとビンを傾ける。
(すいません、喉が乾きまして)
------中身が入っていなかった。

 そんなくだらないことがツボに入って、店の中に響き渡るほど大きな声で笑う。

『interrupt S』over
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