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------生きるなんて召使にやらせておけ------

『アクセル』ド・ヴィリエ・ド・リラダン

承前:その前日

 昨夜は結局、間桐慎二は帰らなかった。
 気を違えた飲み会の後、間桐家の居間でサクラを交えての二次会が行われ、
 どこから持ち込んだか、ボストンバックにつめられるだけ詰め込んだ洋酒を空のビンを空にすると言うまっこと生産的な活動が明け方まで続いた。
……いや、正確にはいまだ自分の手でその行為は続けられているのだが。

 三十五本目の酒瓶に手をつける。
 慣れぬ飲酒で心身ともにヤられてしまったサクラはいまだ自室で浅い眠りを続けている、エミヤシロウの家に行くのも、今日を数えれば二日休む計算になろうか、
それは学校を欠席するより、よほど堪えるらしい。

 三十六本目の酒瓶を口につけた。
 部屋の内壁が俊動している、別にアルコールが回ったわけではない。
 却って意識がはっきりしているぐらいだ、このエーテルで形作られた肉体は、樽の中で幾年もの月日を数えた美酒をそのまま魔力に変換し、自らを支える血に変えている。
 動いているのは壁そのものだ。
かつて、間桐の長であり今なお二人の兄弟を縛り付ける呪縛と化している蟲の塊。
 サクラが祖父と恐れる魔術師、マキリゾウゲン。
 ここは彼の体の中も同然、壁や天井に偽装された魔術師の皮膚、根城という魔術師。
 恐らく、感じ取ったのだろう。
 孫であるシンジの離反、マトウの悲願であった聖杯戦争への反戦を。

 三十七本目の酒瓶を壁にたたきつける。
 シンジはどこへ消えたのか、自分はいったいどうすればいい?
 戦争が始まらないのはわかった、もとより自分も聖杯などに興味は無い。
 ただ、ここで膝を抱えて震えている少女が居たから、私は召喚に応じのだ。
 なし崩し的に主を代えられたものの、その主は義妹へ屈折してはいるが確かな愛情を持っている。
 自分は良い女だからわかる、シンジ。
 あなたは立派に彼女の兄で、私達が組めば最強だ。
 戦争などにかまける暇は無い。
 彼女(サクラ)を追いやるあらゆる苦難から、彼女(サクラ)を守り抜くことが出来る。
 我が名は従者、ライダーのメデューサ。
 私に指示をくれ、彼女を救う力をよこせ!
 少女を挟む絆で結ばれた、その絆の真価を世界のあらゆる敵に見せよう。

「ずいぶん荒れているじゃないか、ライダー。
一番高価なワインを壁に飲ませることは無いだろう?」
------そのとき、律動する部屋が静まり返り。
 そこに、揺るぎ無い決意を持つ一人の魔人が姿をあらわす------


「……シンジ」
「僕は『アーチャ―』だ。
それにしてもずいぶんと呑み散らかしたもんだ、今コーヒーを入れてやるから、すこし待てよ」
 手にした荷物を放り出し、食器棚の奥底から、道具一式を探り出す。
「で、準備が出来るまでそのバッグ、中身を全部だして僕のトートから詰め替えてくれ」
 ライダーは言われるままに行動した。
 預金通帳とクレジットカード、実印と保険証。
 すべて偽造だが、心強くも実際に使えるだろう物ばかり。
「すなわち、夜逃げの準備ですね」
「人聞きが悪いな、戦略的撤退だろう」
 ついでに、先日買いこんだ服が入った紙袋も持ってくる。
 おとついの酒宴は、これを渡す絶好の機会だったろうに。
「……あの、ボストンバッグがひとつ増えてますが?」
「そっちは僕のものだ、中に武器が入っている」
 たしかに、何やら円筒形のものがバッグの形を変えるほどぎっしりつめられている。
 程なく、荷造りが終わった。

「ごくろうさん、こちらも豆を挽き終わった所だ」
 机の上を見ると、山ほどあった酒瓶が脇にどけられ。
 魔術師らしさをかもし出す、実験道具のようなソレが設置されていた。
「マスター、これは?」
「良いサイフォンだろう、この屋敷できっと一番価値がある者さ」
下のフラスコに水を入れ、粉を入れた漏斗を上に差し込む。
 アルコールランプを点火し、フラスコの下に差し入れると、程なく水中に泡がたち始めた。

「実は、太郎の奴に教わったのは、コーヒーの入れ方ぐらいでね」
 青白い炎を見つめるその瞳は、またも浄眼のごとき光をたたえている。
「コーヒーを入れるのは、自分の悪意の部分を煮越して見つめる儀式なんだそうだ。
思考とと態度がかみ合わなくなったとき、こうして自分を調整する。
昔は毎日のように行ってたけど、昨日まですっかり忘れていたよ」
 ……やがて水蒸気が立ち上り、粉を通して黒く湿ったヘドロに変えてゆく。


 エミヤシロウの話をしよう。
 それは血沸き肉踊る正義の味方の紙芝居だ。
 お菓子なんか買わなくたっていい、僕が語りたいだけ、君はそれを聞くだけ。

 傲慢・嫉妬・暴食・淫欲・貧欲・憤怒のどこまでもやるせない戯曲。
 七つ目、八つ目の舞台を降り、絶大な力を得た正義の味方の嘆きはこれからです。

 だって、その手は血に汚れ、その体は人知を超えた起源に縛られた。
 人の心を手放して、どうして人の幸せを模索することが出来るでしょう。

 その体は無数の剣で出来ている。
 起源は『創る』すなわち創世、創世につながる最高にろくでもない衝動です。
 彼の体は文字通り、今あるすべてを無に帰す意思の塊であり。
 宇宙は惑星も、そこに住む霊長も廃したくてたまらないけれど、
 彼はちっぽけな愛で必死に、今ある出来そこないの世界の、命をつなぎとめている。

 聖杯の奪い合いなど、ちっぽけな戦争は元より相手になりません。
 彼の第三の人生は、生きているだけで世界の平和を救う地獄の道程なのです。

 ソレでも、彼の存在というちっぽけなメモリーチップは衛宮として生きた日々を、
けして忘れることはないでしょう。
 彼は■■■■から与えられた沢山の悲しみと共に、
 生涯人を尊みつづけるだけのちっぽけな喜びを掴み取ったのだから。


 やがてサーバー一杯に満たされたコーヒーから、彼女が今まで飲んでいた
葡萄酒にも負けない香気が漂ってきた。
 慎二の言葉を借りるなら、これは彼の悪意そのものなのであろうが、
 丁寧に挽かれた豆を通したソレは、なんとかぐわしいものか。
「その正義の味方、おろかなことをしたものですね。
案外悪意も呑んで見れば、甘いかも知れないのに」
「おこちゃまなんだよ、あいつは。
コーヒーの味もわからないうちに、自棄してしまった」
 もちろん、そのコーヒーは甘いはずもなく。
 濃く抽出された、剥き出しの苦味が喉を焼く。
「ご馳走様でした」
 だが、ライダーはその一杯を堪能した。
 戦意を奮い立たせる、最高の妙薬だった。

「してマスター、これからどのように動きますか?」
 比較的温暖な冬木の冬も、太陽が顔を隠す時間はやはり早い。
 電気が消された薄暗い部屋、照らすのは小さなアルコールランプの明かりだけ。
「そうだな、おまえはまずサクラの部屋にいって、連れ出しておいてくれ
あと、学校にしかけた宝具は回収しておくように、もう必要ないから」
「わかりました」
 早速、二階に向かおうとするライダの背中に、ボストンバックが押し付けられた。
「忘れ物だ、ここを出るときは上の窓から出ろ」
 彼もまた、武器と呼んだ何かが詰まったバックを肩にかけている。
 その姿は小銃を提げた、兵士のような誇りを持っている。
「こんなこと聞きたくありませんが、シンジも行動を共にするのでしょう?」

「いや、僕はここで死ぬから大丈夫だ」


 残り少ないアルコールランプの中身を偽神の書にぶちまけて火をつけた。
 ここにきて、揺るぎ無い破局を迎えた祖父と孫の関係、部屋中から蟲がはいでて
その少年の肉を食らおうとするゾウゲン。
 だがシンジもまた、いつもの臆病さを微塵も見せることのない堂々とした威風で、
バッグの中からソレを取りだし、そこらじゅうに吹き付ける。

 そして、部屋の出口を蟲が埋め尽くし、退路を絶たれたかに見えたライダーにも援護射撃。
 片手に握ったナパームランチャーが、ソレをものすごい勢いで射出した。
 サーヴァントの並外れた動体視力が、炸裂する前のソレを見た。
 殺虫剤だと言うことはわかった、だがその威力たるやなんだ?
 蟲どころか霊体すら悶絶されるその威力。
『用途:花壇の害虫から朴念仁の主に付く恋敵と言うなの虫まで徹底駆除』
 とかかれた注意文、デフォルメされた少女がダブルピースで記されたそのパッケージからは図れないその威力。
 あれは、なにかとてつもないものだ。


 階段にたどりつく、たった一度垣間見た元主の姿は、みずからの誇りと尊厳を取り戻すため戦う純粋な少年の姿。
 眼に焼きつける、アレが真のマトウシンジだ。
 情欲に逃げ、他人をねたみ、弱者を蔑みながら強者に挑むこともなく。
 
 口先だけの臆病者で、女にもてるが釣った魚にえさをやらない。
 妹に散々暴力を振るった折に、見捨てられるのはいやだと縋り付く。
 行動に一貫性のない男、挙動不審------
 
 二階にたどり着いた。
 サクラを確保しておこうと思ったか、壁に机に寝台に、埋め尽くさんばかりに蟲が覆われ、へやのかたすみで震える主の姿。
 守ろう、彼女が友にして、本当の私のマスター。

 ------彼の最後はふさわしくも、その手に何も持たないまま、
 蟲に食われて力尽きた------

 「ライダー、コレどうなってるの!?」
 「逃げます、シンジがゾウゲンの元を離反しました。
 あなたは自由だがこれからの道を自分で選ばなければならない。
 脅かすものもいませんが頼れるものもいません、お互いに!」

 ------傍らにいたのはほんの数日、
 その間、擦り付けられた沢山の辱めと横暴
 思い返せば遥か過去のように思える。
 友も、あんな男は早く忘れてしまえばいい------

 「そんな、じゃあ兄さんは……」
 「死にました」
 
------主の名はマトウシンジと言った。
 およそ考えうる限り最悪の連れ合いであった------

 「……死に、ました」
 勝手に涙があふれ出た。
 ソレを触媒にして己が宝具の真名を呼ぶ。

 二階の屋根をブチ破り、サクラを載せてペガサスが飛ぶ。
 寒空の下、その姿はさながら流星のごとく。


 だが、二人に追従する影が一騎。

「あはは、うまく逃げ出しましたね?おふたりさん?」
「だれだ!」
 箒にまたがり、神獣に追いつくほどの速度で飛ぶその姿。
 魔術師、マスターかそれとも『キャスター』のサーヴァントか?

「私の名前はA、『ライダー』のインタラプト・サーヴァント。
お二人さん、いきなりエースを引き当ててしまいましたよ!?」
 インタラプトS、すなわち太郎の手先のことである。

 まずはかる〜くお手合わせしましょうと、火炎瓶を投げつけてくるA。
 起こるはずのない聖杯戦争、その前哨戦が。
 冬木市の遥か上空で始まった。


『カカカ、まったくてこずらせてくれる、役立たずと思ったおまえも、
コレほどの力があれば手ごまとしていささか使い様があったものを』
 間桐の屋敷で行われた小さな戦いも早数時間、そこらにまるで薬莢のごとく巻き散らかされた空き缶と。
 あるべきところがいくつも欠けた、躯のような信二の体がその激しさを物語っていた。
「だまれよじじい、あんたもそんな首だけでこれから物事を起こせるとは思えないね。
この勝負は僕の勝ちだ、潔く朽ち果てろ」
『何の何の、まだサクラの中にわしの本体は居る。
此度の聖杯戦争、特等席で観覧するとしよう。
マキリ三百年の悲願、けしてあきらめてなるものかよ』
 こころがくじけた。
 捨て身の戦も、己の尊厳を守るにあたわず。
 これで愛するものを守るため、友人に頼らざるを得なくなった、ソレが悲しい。

「じゃあさ、せめて死に方ぐらいは、僕の好きにさせてくれ」
 懐からグロックを抜いた、思えばコレで幾人もの眉間を撃ちぬいたものだ。
 セーフティーを外し、机の上に転がった缶に描かれた、もう一人のライダーの頭に標準を合わせる。

「------read ballistic」

 小さくつぶやいた、彼だけの呪文(スペル)。
 ソレは寸分たがわず銃口を向け、命を刈り取るための合図であった。
 琥珀印と銘打たれた缶を鉛弾が貫き、マズルファイアがあたりにもうもうと立ち込める粉に引火した。
 ソレは粉塵爆発、己の無残な死に様を晒すことなく。
 生前、散々殺した殺人鬼は、己を殺し救われようとはしなかった。


 にじむ景色の一角が、紅く爆ぜた。
 目の前に投下される火炎瓶など問題にならないほど、紅い紅い火だ。

 今は誰が知り得よう、この時、マトウシンジは此度の戦争における最初で最後の犠牲者となった。

------彼と別れて、私はさびしい。

『殺人鬼 ballistic magician:2』.over
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