------それでは、平行世界の果ての果て、
最高に希少な記録をお目にかける------


 セイバーは、教会の前で静かに主の帰りを待っている。

 いま、サーヴァントたる彼女を召喚した少年、衛宮士郎は此度の聖杯戦争の監督役であるという神父から、詳しい事情とルールの説明がなされていることだろう。
 その上で、彼が下す結論はいかなるものだろうか?

「不安かね?セイバー」
 傍らに立つ、真紅の外套を着た青年が声をかけた。
「不安だと?そんなものは無い、彼は正しい判断を下すと私は信じている」
「どうかな?つい先ほど令呪を使って、君の剣戟を止めたのは誰だったか…」
「くっ」
 痛いところを突かれた。
 目の前にいる男はアーチャー、聖杯戦争において、彼女の敵となる男だ。
 その顔を皮肉気な笑顔で固めた、長身の弓兵。
「しかしアーチャー、知識がまったく無かったシロウが蛮行とも取れる行為をとめるのは
無理ならぬこと。
性根のやさしい男だが、いざ覚悟を決めれば、彼とて油断も容赦もかけることは無い。
いまは、つかの間助けられた命に感謝しろ」
「君はずいぶんマスターに好意的だな。
奴が最悪の決断を取らぬよう、私もささやかながら祈っているよ」

「------ああ、私は彼の剣になる」

指が月を指すとき、愚者は指を見る:1

 彼女が、現世に呼び出されたのは事故だったという。
いつものように、魔術の訓練をはじめようとした衛宮士郎は魔術協会にも属さない、
言ってみればモグリの魔術師であり、此度の戦争については露ほどの知識も持ち合わせてはいなかった。

 かく言うセイバーもそのようなことは知らず、召喚されたと同時に敵の反応を察知し、
門外へ飛び出していったのだから始末に悪い。

 だが、その場に居合わせた敵のマスター------名前は遠坂凛だったか------は魔術師とは思えないほど人の良い少女だったので。
彼に聖杯戦争の基礎知識と監督役である神父が住むというこの教会のことを教えた。
まあ、彼の令呪で自分のサーヴァントの命を救われている以上、恩着せがましいことは言わせないが。

------前置きが長くなったが、セイバーが気にかけているのは。
事故でマスターとなった士郎が主従の破棄を言い出さないか、ということである。

 そのほうが良いかもしれない、とセイバーは思う。
覚悟の無い主ならそれは足手まといになるし、憶測があたっていれば少なからず衛宮という姓には因縁もある。
だが、それ以上に。
たかが数分といえど、士郎の性分を探れば、心やさしい少年の手を汚すようなことは避けたい。

「そろそろ、ころあいかな?」
アーチャーが言う。
「奴がマスターであることを受け入れれば、あの教会から出てくるだろうが、もし関係を破棄するようなら、私のマスターがその旨を伝えるだろう」
「まあ、ありえないとは思いますが」
彼の考えは的を得ている、サーヴァントとの関係を破棄するならば、監督に令呪を剥奪されるのが道理だ。
もしも、その令呪をもって関係を切る、と宣言するならば、サーヴァントはその元主を殺し、令呪を奪って少しでも有利な状況で新たなマスターの元へ赴く。
たった三つしか与えられぬ令呪は、彼女達への束縛だけにあたわず。
コマンド・スペルの名の通り、道理の通らぬ命でもその能力を加速させる力を持っているのだ。

ほどなく、教会の重苦しい扉が開かれ。
衛宮士郎が姿をあらわす。


「……シロウ!」
「ひとまずはおめでとう、主を得た君はようやく私と相対するわけだ」
アーチャーの不敵な笑み、だがセイバーはそちらを向くことも無く、しっかりとした足取りでこちらに赴く士郎を迎える。
「ではシロウ、今一度問いたい。
私とともに、この戦争を戦い抜くか否か……」

「ああ、関係を破棄する。
こんな馬鹿げた戦いに、荷担するつもりは無い」
衛宮士郎は、力強い声でそう断言した。


「な……」
声を失ったセイバー、一呼吸置いて、
「く……ははははははははははははは……」
アーチャーの高笑いが響いた。
「さあどうするね、セイバー。
君の言うとうり、律儀な男だったぞ衛宮士郎は。
さて、元主を手にかけるのは本位ではあるまい、良ければ私がこいつの首を
切り飛ばしてやろうか?」

余計な事はするな、とアーチャーを一喝し、セイバーはその宝具たる剣を抜き放った。
「シロウ、あなたも聞いたはずだ。
マスターがその任を放棄するということは……」
「ああ、そのサーヴァントはその主を殺し、令呪を剥ぎ取って鞍替えをする、だろう?」
「……せめてもの情けです、十数えるうちに教会に駆け戻り、監督に令呪を返還なさい
もしたどり着けぬ場合は、あなたの背を分断する」
「ああその通りだ、おまえの腕に令呪が無くなれば、私もマスター候補の一人を追う手間が無くなる。
まあ、命を一度救われた身だ、せめてカウントは私が取ろう。
せいぜいゆっくり数えてやる、尻尾を巻いて逃げ出す事だ」

いーち!…にー!…さーん!
確かに、宣言した通り、アーチャーが数え上げるのはあくびが出るほどゆっくりだ。
だがしかし、衛宮士郎が背を向けることはなく、あまつさえ。

「------4・5・6・7・8・9・10、これでいいのか?」
『きさまっ!?』
猶予など要らぬとばかりに、時間を詠み早めた。

「エミヤシロォォォォッ!」
 常人には目にもとまらぬ速さ、数メートルの距離などはじめから無かったかのように、
一陣の風と化したセイバーが迫る。
------だが、それでも。
衛宮士郎の魔術が完成するほうが早い------

「direct------」


 セイバーの見えぬ刃を微動だにせず、手にした黄金の剣で受ける。
「な、それは……」
「------勝利すべき黄金の剣(カリバーン)」
あまりのショックで、四肢の力が抜けるセイバー。
その剣は、彼女にとってあまりに意味がありすぎるものだった。

「どう言うことだ、衛宮士郎、貴様どうして今その剣を投影できる!?」
「どうしてかは自分でもわから無いんだ、アーチャー。
ただ、自分がとっさに選ぶ剣がこれだ、豪奢だし気に入っている物なんだが、
手になじまないし、何よりかのアーサー王の選定の剣だろう?これ。
俺には、荷が勝ちすぎる」
もちろん、アーチャーが聞いたのは剣の選びではなく。
なぜこの時点で士郎が剣を投影したのか、ということなのだが。

「と、言うわけで。
令呪がほしいんだったな、セイバー」
「え、あ、はい……」
その目は、少年の手にある黄金の剣にくぎ付けだった。
つい間の抜けた返事をしてしまう。

だが、継ぎの瞬間息を呑む。
衛宮士郎は、手にした剣で、左腕を一息に切断した。

真っ赤な血しぶきを頭から浴びるセイバー。
また、士郎も痛みに顔をゆがめることも無い。
アーチャーは一歩踏み出した状態で固まり。
奇妙な沈黙が場を支配した。


「ほら、もって行けセイバー。
短い間だったけど、せわになったな」
カリバーンを放り投げ、また開いた右手で左腕を投げ渡す。
「!・!・!・!!」
半狂乱状態で左腕を受け取ったセイバーを尻目に、岐路へつこうとする士郎。

「まて、衛宮士郎」
その前を通りがかった瞬間、アーチャーが声を掛けた。
「そのような形でも、おまえは令呪を失った。
こちらから仕掛けることは無かろうが、もし何か邪魔立てするようなら、殺すぞ」
「的外れもはなはだしいな、俺は戦争を止める。
お前達マスターとサーヴァントはすべて敵だ、死にたくなければうまく逃げ回れよ?
次に合ったら、あの世へ送り返してやる」

瞬間、深山町の方から爆発音が聞こえた。
それはここからではかすかなものであったが、アーチャーの聴覚には十分なものであったし、衛宮士郎の耳にも届いたようだ。

「ちっ」
いらだたしげな舌打ちとともに、その場を駆ける士郎。
そこには、言葉を失い佇む二人の影が残された。


 何時ほど待ったろうか、再び教会の扉が開かれ、小柄な少女が二人に近づく。
「何ほうけてるのよ、二人とも。
何だかんだ言って、士郎は逃がしたんでしょ、あんた達のことだから」
軽調子の声だ、自分のサーヴァントであるアーチャーのことならまだしも、会って数時間というセイバーにまで、
全幅の信頼を置いている。
どう間違おうと、むやみな殺生をする英雄ではないと、そう思っているようだ。
いな、思っていたようだ。
セイバーの手にある、切り取られた腕を見咎めるまでは。
「……そう、そうか士郎の腕を切っちゃったんだ。
まあ、腕一本をを犠牲にする程度で血みどろの戦争を回避できるなら安いものよね」
再び向けられた視線には敵意が込められている。
それは返して、どこか甘さを持っていた自分への性根を見据えている。

ところが。
「違います、士郎が、自分で腕を切り落としたのです」
まるで、懺悔のような声。
幾度の惨劇を生み、又、自ら惨劇の舞台を作り出したこともある騎士の王が、まるで錯乱した乙女のような
悲鳴をあげている。
「……あいつ、刃物なんて持ってなかったと思うけど」
「それは、いつのまにか持っていたカリバーンで」
そこで思い出したように、投げ出されたかつての自分の剣に飛びつく
「ああ、間違い無い、私の剣だ」
「そうね、見たところあなたの宝具ね。
そろそろ言い逃れやめない?アーサー王、私の火に油を注ぐことはしないで!」
「落ち着け、凛」

たしなめたのは、彼女の従者。
「おそらく、彼女を召喚した際の『英霊ゆかりの品』だろう。
魔術師なら、見えぬところに隠し持っていてもおかしくは無い、あるいは暗器術か何かだな」
「ああ、そうね、。
だったら納得いくか」
主の頭にのぼった血が、収まったことを確認したアーチャーは、剣と腕とを抱きしめて、小さな肩を
震わせているセイバーに近寄った。
「セイバー、君も落ち着き給え。
確認したいことがあるのだが、その剣は本当に君のものか?どこか劣化したような物ではないか?」
「……間違いありません、これは確かに、かつて失った選定の剣です」
柄に軽く触れて、その剣を識別してみる。
確かに、オリジナルのカリバーンそのものだ。
あるいは------考えたくは無いが------自分が行う以上の『剣製』で作られたものか。
「……あんまりだ、民を収める王を選ぶための剣が、縁を切り裂くために戻るなんて。
なんて、こと……」
鬱々としている、先程までの威勢の良さが欠片も無い。
かつての、自分の記憶と重ねているのか、白くなるほど唇をかみ締め、
そこからもれた言葉は、自分の意思はやはり間違ってたのか、と。
その場にいる二人には聞こえた気がした。

「ああ、とりあえず凛、あやまりたまえ」
「う、うん、ごめんねセイバー、冤罪でやいのやいの言って……」
その小さな背中を気の毒そうに見つめていた遠坂凛は、求めていた謝罪の糸口をようやく発見した。
だが、セイバーは二人に振り向かず、か細い声でいとまを継げた。
「私の此度の戦争は、どうやらここまでのようです。
この令呪を使って、新たな主を求める気力などありません。
短い間でしたが、あなたたちの健闘をお祈りします」


だが、立ち去ろうとする少女の背中に声をかける者がもう一人。
「それは少しつたないな、セイバー。
かつて合ったときは、どんな手を使おうとも勝ち進むような決意を持ち合わせていたような気がしたが?」
三人は、背後を振り向く。
尊大にして横暴な、重苦しくて陰鬱な、そんな神父が立っていた。
「言峰、綺礼……」
「きさま、何で生きている?」
二つ目のつぶやきは、セイバーの物である。

戦争の黒幕が、早々と姿をあらわした。


『落とされぬ火蓋』over
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