指が月を指すとき、愚者は指を見る:8
中国の古事:作者不明
意識が回復した場所は、自分の工房とも呼べる蔵の中。
おぼろげながら覚えている最後は、先生との再開と、彼に完膚なきまでにばらばらにされたあたりか。
それはもう、原子レベルで粉々にされた、それはずいぶん久しぶりのこと。
ああも分割されたのは、高校にあがってからはじめてだったろうか。
この場所には、いままで培ってきた投影技術と、それを基に作られた結晶とも呼べる剣の数々が収められていた。
壁と一体化し、誰が見ようともわからぬよう巧妙に隠してはいたが、ここは武器庫であり、残機を収めておく、たとえて言えば冷凍睡眠装置のようなものだった。
そのインスピレーションも、話に聞いた封印指定の人形師は自分と極限まで似せた体のスペアを隠し持っているという噂話からである。
誰に聞いた話であったろうか、先生ではない、恐らく間桐信二。
親友の仇を討とうと躍起になった今宵、それすら人間らしさの証明であり。
懐かしさと苦笑いでやるせなくなる。
今の士郎は自分で『準戦闘体制』とか『サナギ』とか名づけた骨格だけの姿。
まじりっけなし、銘も無いなまくらだけで固めた偽りだらけの体。
外に出れば、抑止力に押しつぶされて蝋燭の火のように掻き消えそうな状況である。
もちろんここは彼のテリトリー、信二の手を借り、不慣れな施工だが剣だけがすべてというような法を定めてある、文字通り剣呑な場所だ、ここで眠っても桜だって起こしに近づこうとしない。
自らのコンセントレーションを高めるため、毎日ここで瞑想をする士郎も、時折人並みの生活という擬態を忘れそうになるほどに。
まあ、正義の見方の秘密基地といえば、多少現実場慣れして当たり前なのだが。
「よう、相変わらずとんでもねぇ姿でご帰還か、驚いたぜ」
《来たのか、ランサー》
皮つなぎを着込み、顔にビーフジャーキーを貼り付けながら言う。
そこには、未だ体中の裂傷がふさがらないランサーがいた。
つい数時間前まで、士郎の通う学校にてアーチャーと一騎打ちをして、目撃した一般人を消そうと追いかけたは良かったものの、百本のゲイボルグ(皮肉にも彼の宝具だ)で心臓以外をめったざしにされた男。
言わずもがな、返り討ちにした一般人とは衛宮士郎のことである。
どうにもうまく表皮を貼れない、というか異物感がなくなって剣だけの体が大変すごしやすい、というのが本音か。
それはそれで困る、この部屋から一歩も出るなということか?
《魚肉ハンバーグがなくなっているぞランサー》
「ああわりい、俺が食っちまった」
指先でコンビーフの缶を剥き、丸呑みしながら不平をもらす。
死にぞこないが、大体そんな重症で士郎を追いかけて、今もまだ生きているとはなんと言うしぶとさだろう。
《カルパスがないぞランサー》
「だから食っちまったって、俺だって怪我してんだから、食わなきゃ治るもんも治んねえ」
だからといって、備蓄のビールにまで手をつける必要があるか!
というか、与えられたという一般教養の中にはこれがつまみである、というようなことまで及んでいるのか。
「セイバーはどうした、坊主。
まさかあんな美人を放り出したってぇ事はないだろうな」
《ほうりだしたさ、俺には必要のない存在だ》
「じゃあ、おまえともここまでか。
興味が無いわけじゃないがおまえを追うにはリスクが高いし、何より戦りあっても反則だらけでつまんねぇ」
なんて言いぐさだ。
確かに刺したのは士郎だ、もっと襲われた手前反撃に出るのはまっとうな話で。
聖杯戦争なんて物を知る前だったから、命だけは助けてやったものの。
《ここに直行したら、そのセイバーと鉢合わせだったな。
もっとも、口ぶりなら一部始終監視していたんだろ?》
「そうさ、もともといけすかねぇマスターから偵察任務なんかおおせつかってよ。
嫌々こなしてたってのに、いざ本命を前にしたらそれをせざるを得ない状況になった。
惜しいぜまったくよ」
この男、戦いを楽しむ口だ。
士郎の嫌いなタイプである、それでも気をつけなければ懐いてしまいそうで。
《どの道、俺もこのトチ狂った宴をつぶしにかかる、またおまえの前にも現れるさ。
この場で首を刈られたくなければ、さっさと消えてくれ》
……あんたを深く理解する前に。
「マジかよ!戦争に参加しないのに剣を向けるなんざ異常だぜ。
気楽に過ごせよ、こんな娯楽が山ほどあるような時代だ」
二度と合いたくないとばかりに首を振るランサー。
《それでも、おまえたちがいる。
今、この場に平穏なんかなくなるだろう》
カルシウムの錠剤を一ビン飲み干して、今度は意図的に自分の顔を投影し始める。
だが、自分の表情なんて思い出せない。
《なあランサー》
戸口に手をかけた青い槍兵に、聞いた。
《この世界は、平和に見えるか?》
「当たり前じゃねえか、大きな戦争もない、未開の地もない、雑多な国々が何とか折り合いをつけて、うまく世界が回っている。
俺たちがかつて思い描いた願いそのものさ、おまえだって毎日好きな奴の笑顔見てるだろ?」
------それが理想、か。
士郎はようやく気づいた。
考えてみれば、つまらない意地を張っている。
衛宮士郎は、この時をもって人の体に未練を持つことをやめた。
なぜ自分がここまで迷い、サーヴァントに手をかけるのをためらうか自問してみる。
簡単なことだ、あまりに古い記憶なので半分推測で補うしかないのだが。
士郎はかつて英雄に焦がれた。
その存在に憧れ、目指し、ちっぽけな嫉妬を抱いたこともあっただろう。
だが、もう迷いはしない。
------魔術師だろうが英霊だろうがこの世に混乱を招く者は成敗してくれる。
太郎はイリヤの体を抱え、いずこかに去ろうとしていた。
呼び止めるアーチャー、未だ質問の答えを聞かされていない、と。
「さて、身をもって知ってもらうのが一番だと思うが。
君の人生は、満たされていたか?アーチャー」
「質問を質問で返すな、そんなことを聞かせる道理はない」
「……それが答えだな、まったく嘆かわしいことだ。
人の生涯に挫折はつきものだが、とかく英霊なんてのは死んでも悔いが残っている」
おまえさんはそれを、どこに収めるつもりだ?太郎は聞く。
アーチャーは言う。
見当はついていた、先ほど不可能であることは理解したが。
そんな弓兵との問答に、納得がいかないと太郎は言う。
「君の、その思い描く救い。
そんなものは安心できん、おまえの願いを聞けば十人が十人、尻がむずがゆくなろう。
私はね、アーチャー。
そんなおまえを胸焼けがするほど甘いハッピーエンドのズンドコまで引き摺り下ろしたい。
それが私の野望だ」
「なんだとっ!?」
「王道、望むはまさに王道だよ。
おまえだけじゃないぞアーチャー、そこにいるセイバーやら姿を消したバサカやら、顔も見れないサブキャラモブキャラの果てまで、救って、救って、救い倒したい。
物語としてつまらなくてもかまわん、この作品に出演した君たちが心から望む幸福を。
そう、よく聞け悲観主義者ども」
------私は、この町にハッピーエンドを持ってきた!
無理だ、そんな絵空事かなうはずがない。
聞けばその無謀に腹立たしくなること請け合い、セイバーも、凛も憤りを隠せまい。
むしろあきれてさえいる。
「ともあれ、世界すべての人類を平等に救いたいと考えている士郎からすれば、私の願いなどちっぽけなものさ。
だが、それでもやるぞ。
全てにおいて、しょっぱなから諦めるほど、つまらないものはない。
私たちはそれをやり遂げるだろう」
また合おう、それが太郎の残した言葉。
大胆にして、不敵であった。
interlude.2/2
やがて。
つかの間の安寧がもどったそこに住人達が戻ってくる、しばらくその場に残された惨劇に唖然とするも、また自分の塒に帰る。
同じ町に住みながら、名も知らない彼らの日の出を、守ることができた。
ならば俺は、明日、あさっての無事を夢想しよう。
やがて今日の惨劇をわすれ、日常に埋没しながら、彼らは各々幸せを探しはじめるだろうから。
俺は上空から飽きもせず、彼らを眺めつづける。
幸せになれる人間が、幸せに成れば良い。
幸せを求める人間が、幸せへたどり着けば良い。
すべての霊長がそれを求めているのなら、『創る』者としてそれを用意しよう。
目指すは恒久的な世界平和、たとえそれが終わりのない退屈だとしても。
------それが、かつての自分が求めた理想だった。
(先生は言った、だれもが当たり前に享受する明日は、当たり前であるがゆえ救いにはなり得ないと)
輝く月は、太陽は、遥か天の高みにある。
俺は指差した者を想う前に、その空を見上げれば良かったのだ。
それをつかみたがった親友、やがていつかそれに気がつくあいつと俺の義妹に。
世界中の皆に、太陽に似た輝く明日を残そう、そのために自分はいつか手にできるはずの幸福を投げ売った。
戦った。
戦って、戦って、戦い抜いた
そしてこれからも戦うだろう。
------なぜならば、望んだ理想はその果てにあるのだから。
(それでも未来はすばらしい、否、俺がすばらしいものにする)
去って行く先生の後姿を見つめながら、俺、衛宮士郎は再び決心を固めた。
何を迷うことがあったか、あの時たしかに、彼の狂戦士を救いたかったが、それはただ自分の主観であった。
そう、もっと自分を殺せ、個を失え。
救いを求めるものに報いるため、同じ立ち位置にとどまって何をどうしようというのか。
寂しさすら遠い遠い忘却の彼方へ送り、後悔を重石に人格を捨てろ。
それは、無駄な物だ。
正義の味方に成れるのは、人間ではないのだから。
------すでに、求めた理想は自分の目の前にあるも同然だ。
(自分が、世界中の人に降りかかる全ての災いと戦おう)
そうだ、逃げようがない、己を縛る起源からは。
起源は『創る』、属性は剣、すなわちこの身は無限の戦の塊だ。
もはや戦争すら吹き飛ばすほどの戦争を、この身は体現しているじゃないか。
もはやいままで培ってきた人の歴史を、この身は体現しているじゃないか。
------創世が必要だ。
もはや戦を潰すだけではとどまらぬ、それが出来るのは唯一人、正義の味方たる自分だけだ。
interlude.out
遥か天空の彼方から下界を見下ろす正義の味方。
朝日にさらされる、概存の世界すら超越したその姿は、ありとあらゆる宝具で覆われていた。
『blade works in my soul』out
&
『指が月を指すとき、愚者は指を見る』all over
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