子供はいつ、目を覚ましたかなど覚えていない。
彼らには夢と現実に、区別などつけていないからだ。
大人はいつ、目を覚ましたかなど覚えていない。
いつしか夢を見ることを、忘れてしまっているからだ。
世界はいつ、目を覚ましたかなど覚えていない。
いまや眠ることも起きることも許されぬ、情勢の囚人だからだ。
そして……
そして21インチの液晶が報道する幾多の情報。
取り止めのないニュースなど無い、今日の世界は大きく動きすぎて何を特別番組に仕立てればいいのかわからない様子。
ならば手当たり次第に語るまでと、アナウンサーを筆頭に、テレビ局のスタッフたちは飲まず食わずの仕事漬け。
『次のニュースです、本日未明より相次いでいる宗教団体の解散ですが、新たに……お待ちください。
えー今入りましたニュースによるとイラク内部に点在する武装勢力の所在地に剣の雨が降り注ぐという異常気象が発生?あ、同じく世界中の地雷原にも同様の剣害が発生しておりこれで地球上に推測される設置数すべてが同時に爆発、撤去された模様です、同様に本日米国、ロシアを中心とする各国の核ミサイルが保有されているサイロが破壊されております、いかなる地域においても放射能汚染の心配は無い模様、くりかえします、え?何を?申し訳ありません少々お待ちください』
「……pm6:00、太平洋にて原子力潜水艦が文字通り死んだ魚のように腹を見せて浮かんでいるところを通り掛かりの大型タンカーが発見、脱出した乗組員に負傷、死亡者は一切無い模様、か」
ラジオのイヤホンを耳からはずし、付箋に日付と簡単な詳細を書き連ね、地球儀に貼り付ける太郎。
だが、それはすでに苔玉(モス・ボール)と呼んだ方がしっくりくる謎の球体だ。
「ねータロウ、TVって案外つまんないものね?
どこのホウソウキョクもニュース以外やってないわ」
「今日は特別さ、それに大人にとってこれほど楽しい番組は無いぞ?
きみもそのうちNHK以外のチャンネルが疎ましく思える日がきっとくる」
でも、アニメはいつまでも見る、日本人ならきっと見る。
そう嘯く太郎に、イリヤは絶対零度の視線で答えた。
「あ、またニュース速報だ。
『新たに衆議院・参議院あわせて5名の辞任』ってなんの事」
「取らぬ狸の皮算用もたまには歩けば棒にあたるって事だよ、大人は何でも知っている」
「わ、私だってわかるわ!淑女ですもの!」
つかみ掛からんばかりの勢いで迫る淑女。
しかしその瞬間、引っ張られた袖。
例の苦手な少女がボードゲームを持って真摯なまなざしを向けている?
「------------」一戦交えようゼ!?
「……太郎ぅ」
遊んでおいでと投げやりに、今の太郎はテレビっ漢。
そして、一時間以上続いた太郎のアシストから開放されてみれば、アインツベルン城には見たことも無いほどたくさんのゲストが顔を見せていた。
だだっ広いロビーには十脚ほどのテーブル、そこには和洋を問わぬ色とりどりの料理が並び、どのテーブルにも老若男女、多種多様な人間、人外が歓談していた。
その壮観な風景にしばし心奪われるも、この城の主らしく壇上から挨拶することにする。
「皆様、ご多忙のところこのような交通の便が悪い場所に集まりいただき、まことにありがとうございます」
どよめきと共に、一同の視線が集まる。
そして歓声と共に拍手、所々『気にするな』『太郎が悪い』との声。
まったくその通りである。
そしてイリヤはレンなる少女を従えて、一人一人挨拶をして回った。
誰もが早くこっちへ来いと急かし、その声に笑顔を振り撒く。
問題は誰もが、何でこの場でパーティーをしているかわからない、ということだった。
それなりの目的はある、どうやら地球が滅ぶ前に馬鹿騒ぎをしないか、と誘われたらしい。
「まあ、昼を過ぎたあたりから世界中が上へ下への大騒ぎじゃったからのう、信憑性を疑う事もなかったよ。
どうせ世界が大騒ぎしているなら、わしらは楽しく馬鹿騒ぎがしたいんじゃ〜」
ジャパニーズ・カジュアル・ファッション、着流しを粋に着込んだじいさんは無駄にボディタッチをしながら言う。
後に控えていたお姉さんが、オリーブに刺さっていたピンを背中に突き刺し、昏倒させた。
「見知らぬ幼女への触診は禁止だっていつもいってるでしょもう!」
マティーニをあおった彼女も大分酔いが回っているようで、その毒牙がこちらに向けられる前に離れることにした。
「ごきげんよう」
「はいはいごきげんよう、あ悪いんだけど、ここ内線ある?」
かいがいしくテーブル間を歩き回るセラを捕まえ、言伝なら彼女に、と勧める。
「んじゃさ、下に居る太郎だかに伝えて。
合州国が、国じゃ無くなりそうだ。
ヘクサゴンの秘匿回線傍受したから多分間違い無いよ?」
「お伝えいたします」
やる気のなさそうな咥えタバコでメイドの背中を見守った後、突如立ち上がり食ってばかりの少年の、襟をつかんで持ってきた。
「かしてやる、カタンなら4人そろってやったほうが楽しいだろうし」
どうやら血縁らしい、髪の毛の色が同じだ。
しかしまた、何でこの男の背中に半人半馬の精霊がついているのだろう、見たところ真人間なのに。
「そうか、まあ明日の夕刻までもってくれればいいよ、適当に難癖つけて動かしてもらうわ、空軍」
ぐっジョブストロベリー、ぐっジョブストロベリーとつぶやきながら、直径が二割ほど増した地球儀に、再び取り掛かる。
「それでタロウ、あなたは先ほどから何をしているのですか?」
手に落ちたとはいえ、不信を隠そうともせずセラは言う。
一枚増えた肖像画を呆然と見上げていたライダーも、その言葉に賛同するかのようにうなづく。
「ああ、士郎の足取りを追っている。
見たところ時間も空間も超越してるっぽ、だが、後半歩、足らん」
むぅ〜とうなる太郎、そのしぐさ、ちっとも萌えねぇ。
「やはり『アレ』が必要になりそうだな、セラよ、人一人入りそうなでかいトランクを携えた者が訪れたら歓迎してくれよ兄貴か妹かはしらないが、手にした『アレ』は、いいものだ」
液晶テレビを抱えると、太郎はその場を去った。
その場に残された地球儀。
付箋の塊に、陸も、海も支配されたその惑星は、さながら剣に埋め立てられたかのように、不気味にたたずんでいる。
「……『アレ』とは?」
太郎が残した液晶テレビに、大統領の顔が映っている。
『i'm not overcome emiya! we are justice!!』
大人たちが腹を抱えて笑う、いったい何が面白いのだろう。
牧草をレンガと交換したイリヤはこの盤面において、自らの勝利を確信した。
そのときである、息を切らせた女子高生が入って来た。
手にした駒を脇にどけ、新たな客人を迎え入れる。
脇には頼まれもしないのについてきた赤毛の少年、この城の主でもあるイリヤに先駆け荷物を引き取る。
「はじめまして、アインツベルン城にようこそ。
舗装もされていない道々、あのような荷物を抱えてさぞかしご苦労されたと思いますが」
「いえ、確かに重い荷物でしたが気遣いされることはございません。
それは私の師が力作と賞する生き人形、太郎殿たっての願いを聞き入れ、師の変わりに運んでまいりました」
「え〜太郎の?
ろくなもんじゃないんでしょ」
「男の裸体」
赤毛の少年は、その場にトランクを残し、壁際まで後退した。
「何でも、衛宮士郎とか言う男の人形だそうで、詳しくは知り得ませんが魔術師にとって何物にも変えがたい価値がある存在とのこと。
あ、自己紹介が遅れました。
私は人形師、青崎橙子の弟子で黒桐鮮花と申します」
「これはこれはご丁寧に、私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、あなたは魔術師のようですが、私の家柄についてはご存知?」
ぞんぶんに、そう言って二人の淑女は笑った。
だが、その間に割ってはいる豪快な笑い声がひとつ。
ひときわ喧しい席の一角から遣って来た、腰まで届くストレート・ヘアの女。
「……そう、あいつ弟子を取ってたんだ。
はじめましてお嬢さん、早速だけど私の名前を当ててみて?」
言い終わるが早く、その女からは正気を保てぬほどの殺気が放たれる。
間違おうはずも無い、尊敬する師に似た顔立ちと、似ても似つかぬ魔力を伴う女。
魔法『青』の使い手にして、最強の破壊魔法の使い手。
「……青崎、青子……
まさか、貴方がこんなところに来ているなんて」
「あ〜、私本名で呼ばれるの嫌いだから、アンタ壊す。
ついでにあのクソ姉貴の作品とやらも跡形も無く壊す。
まったく、どうせ太郎だかが注文したものだし、ろくでも無い目的にしか使われないでしょ?」
発光する指先、この女が壊すと宣言した以上、自分の死は決まったも同然。
否、死それすらも生ぬるい、原始記録まで破壊されたものはこの惑星はおろか全銀河、全宇宙に至るまで『黒桐鮮花』と呼ばれた少女が存在した意味を消去されてしまう。
一言で表すならば、兄に私の居たすべてを忘れられてしまう。
それは、絶えがたい恐怖、こらえがたい絶望。
だが、涙があふれる前に立ちはだかる人影。
染みひとつ無いメイド服に身を包んだ女性が、少女をかばうように立ちはだかっている。
「あんた、死ぬわよ?」
青子の脅迫にも動じない、眉ひとつ動かさないその鉄面皮、イリヤはこの侍従を誇りに思った。
「太郎より、こちらのお客様は丁重にもてなす様言い付かっております」
「そう、そしてこの屋敷、イリヤのもの」
暴力沙汰は許さないと、言わんばかりにリーズリットも加わる。
青子の血管はすでに爆発寸前だ。
だがしかし、永遠とも取れる長い時間が流れる中、ひときわ大きな拍手がその場に響き渡った。
人の波を掻き分け、歩み寄る漆黒のローブ。
その小脇には何の変哲も無い箒、だが、猫だろうが悟るだろう。
この女だけは、侮ってはならない、と。
「ワォ!すばらしい侍従根性、見事なるメイドガッツ!
このインタラプトS・ライダー、お二方の有り方を称え『ポスト・翡翠ちゃん』の名誉を授けましょう」
「なに、あんたもここに居たの?
邪魔するならバラすわよ?」
どうやら青子、この得体の知れない黒頭巾を知っている様子。
あんた、気に食わないのよね。
真っ昼間から志貴の腰にまたがるあたりが、特に。
そんなつぶやきから察するに、相当憎悪の根は深い様子。
「果たして、それができるでしょうか、センセイ?
伊達にインタラプトを名乗っては、いませんよ〜」
懐に手を遣るライダー、途端、部屋中に充満していた殺気が霧消した。
「イリヤちゃ〜ん、どうして生身の人間がサーヴァントに勝てないか知ってる?」
「えっと、身体能力がずば抜けてるほかにも、そう宝具。
その英霊の象徴たる必殺技がある限り、けして今命有る存在が英雄を超える事は無い!」
急に話の矛先が向けられた所為で、理論的な説明ができなかった。
だが、目の前のライダーは嬉しそうだ、特にとある一フレーズがお気に召したと思われる。
「そう、必殺技です、必殺技ですよ?イリヤちゃん。
宝具とは人が夢見る幻想が、思いが形を成したもの、尊き思いに人が勝てるわけがありません。
でもね、私たちにも有るんですよ。
必殺技ならぬ、必救技がね」
必救技?なんだそれは!?
誰もが疑問符を旋毛から飛ばしたそのとき、海老のクリームソース煮が湛えられた大皿を持った、その少女が台詞の後を継いだ。
なんと見目麗しき裸エプロン、間桐桜である。
いやさ、今はインタラプトSの一柱、ネオ桜と呼ぶべきであろうか。
「人がはぐくんだ奇跡とも呼べる宝具、すばらしい武器ですが、今この瞬間に終止符を打つ事はできません。
なぜならそれは過去のものだからです、現在、そして未来に幸福を与えられるのは今を生きる私たち。
続く悲しい運命に対抗する術、それはインタラプトSが心の奥に隠し持つ義(おしえ)。
太郎はそれを奥義(ジ・アブソリュート・ハッピーエンド・ボルト)と名づけました」
腰元で結ばれた紐に指をかける、今まさにその奥義が放たれんとしている。
それはまさしく、金貨に例えられた世界中の幸福が集まってくるかのようだった。
目視できぬその喜びが、Aの持つ極彩色の液体が詰まった注射器に、そしてネオ桜の乳頭に集まりはじめる。
「ネオ桜さん、奥義を放つときは名前を叫んでくださいね?」
「なぜですか?別に真名を開放する必要は無いでしょうに」
「そのほうがかっこいいからです」
「ああ、そうですね」
納得である、その技名を知らぬ以上、どのような技かも知らぬ以上、どこに居るかも知れぬ観測者も安心できまい。
放たれた以上、その技を食らったものが持つ物語はたちどころに終わってしまう。
ラストダンス・グランドフィナーレ、後に残っているのはスタッフロールぐらいなのだから。
「あ、ああ……」
魔法使いとはいえ、所詮は霊長の一人。
青崎青子は恐怖した、差し向かえばわかるその威力。
あの技を食らえば、始まってもいない『魔法使いの夜』がジ・エンドになる事は明らかだ。
それも陳腐な『めでたしめでたし』の定型文が添えられて、である。
「------まききゅぅぅぅぅぅぅ……」
「------はなにあらしのたとえもあるさ……」
「あ……あははははは。
あはぁはぁはあははははぁぁぁ。
うははははははぁぁぁぁぁあははははは!!」
だが青子もキれた、二人の人外に対して一歩も引かぬ。
世界に先駆け、今人知れぬ冬木の山奥から、日本の終わりをお届けします。
だが、二人の技が放たれることは無かった。
その瞬間、窓の外で、太郎が己の真名を冠した奥義を叫び、何者かの悲しい話をひとつ、終わらせたのである。
アインツベルン城に居た全ての者は、ジェット噴射に似たその轟音を聴き。
そのとき空を見上げたすべての霊長は、天高く舞い上がるソイツを見ただろう。
現に城に居たゲストたちはしばらく窓にかじりつき、なんか、こう魂の抜けたような顔をして、夜空を突き抜ける太郎の姿を目で追った。
いつまでも、いつまでも追った。
有史ひとつの前例も無い、しかしその姿を見たものは悟る。
どんな物語かは知らないが、その結末は明らかだ、火を見るよりも明らかだ。
------ド○フを見るより、明らかだと。
『絶救想覇2』out
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