間桐桜が目覚めたのは、謎の溶液の中。
 手足は動かぬ、何故ならばあるべきその場所に、あるべき器官が存在しない。
 残った片目で失われた部分を視認した、あるべき気管が存在しない。
 必要な部分がごっそりと抜け落ちた自分の体を認め、其れでも喪失感より安堵のほうが先立つのは。

 自らの体を構成しているのは、おぞましくも汚らわしい幾多の蟲であったから。


 豪奢な城を前にして、再び対峙した騎兵と騎兵。
 言葉も要らぬ、つややかな長い髪を翻し手にした鋲を振りかざすライダー。
 箒に仕込んだ業物を貫いて鎖に連なる凶器をはじくライダー。

 終止無言、二人の艶女が織り成す舞踏、飾るは重い金属音。

 額を伝う汗をぬぐい、その手を仮面かけ、一息で毟り取った。
 隠されていたのは史実を裏付けた美貌と、一目で人を魅了する魔の瞳。
 嗚呼、その名もゴルゴーン、魔力を込めた一睨みで地が、生い茂る木が花が次々と石化して行く。

「……ジョニー!」
 だが、視線がその身に絡むより早く、指を打ち鳴らすインタラプトSのライダー。
 草葉の陰から飛び出した緑色の影、そのサボテンは疾風より早く、鉄球より強く、その刺を湛えた拳で美女の顔面を打ちつけた。
 一鉢、二鉢、数える合間も無く取り囲まれる長身の美女は、無言で風を切り裂きシャドーボクシングを続けるその奇怪な植物を前に、瞳を閉じた。

 見て、いられない、認識するのがイヤだった。


「目がさめたようだね、桜嬢。
こうやって言葉を交わすのは始めか」
 うつろな瞳が奴を見る、にくき金髪、にくき紫紺の装束、二人の兄をたぶらかし、破滅の道に追いやった男。
 太郎、嗚呼太郎、この男がクソ野郎か。
 この男を語る時、片方の兄は遠い眼をしていた。
 この男を語る時、片方の兄は誇りに思っていた。
 二人の口から語られるこの人物は、いつもかけがえの無い響きであった。
 どちらも、自分のナニにアレを突っ込む事にだけ、執着していれば幸福であったものを!

「慎二兄さんは死にました」
「応とも、彼の望みのままに」
 挑みかかるかのごとき視線を真正面から受けて、太郎はその培養層に歩み寄る。
「士郎兄さんは身を捨てました」
「応とも、彼の望みのままに」
「どちらも幸福を得ることなく、唯貴方の口車に乗せられて破滅の道をたどりました」
「破滅の末に望みがある、君はどうしても私に罪を言及させたいようだ。
 生まれながらにして戦争に巻き込まれた桜、君は思い違いをしている。
 女足るもの素敵なお嫁さんになりたかったろうが、男という者は誰一人素敵なお婿さんになることを望んでいない、
 女の望みに応えれば其れはかなりの幸せなのだろうが、事幸せを受け入れるのは時に不幸を背負い込む事より苦痛を伴うことだってあるのだよ------いい男なら特にだ」
 ならば、私はどうすればいいのか。
 嗚咽を遮り、涙をもその中に溶かす湛えられた溶液、判っているのだ、二人の行き様に自分ごときが関与する間も無いことぐらいは。
 的外れな復讐の念、自らの体から蟲を取り除いたのもこの男だろう。
 二人に道を説いた太郎、そして自分に穏やかな死を迎えさせる太郎。
 そう、私もこの男に救われたのだ。


 そして、身動き取れぬ桜の前に、両脇をサボテンに挟まれた長身の美女が連れられてきた。
「ライダー!!」
「桜、不覚を取りました。
 言い付けを破り、手当たり次第に乙女の首筋に犬歯を突き立て、魔力の蓄えも万全に攻め入ったものの、貴女を助けるにいたりませんでした」

 ------だってこいつ等、変過ぎる------

 崩折れるライダー、自分の無力を恥じた少女のための騎士。
 だが、主たる桜はかぶりを振り、やさしい声で従者をねぎらった。
「いいの、ライダー。
 短い間だけど、私達兄弟に仕えてくれてありがとう、私が死んだ後はもう一人の兄、衛宮先輩をよろしく見守っていてね。
 ここで私が死ねば、先輩は何も思い煩うことなく自分の望みを果たせるでしょうから」
「桜!」
 血塗られた顔が太郎のほうを向き、垣間見れば子供ならずとも小便をちびりそうな形相で太郎をにらみつける。
「アァ馬鹿!やめろ、固まるって!」
 下半身からものすごい勢いで石化して行く太郎、びっくりしたAとジョニーは、おお慌てで彼女の顔を天井に向けた。

「しかし桜、私の思い違いだろうか、君が真に望むことは、死を迎えると言う安易なものではない気がするが」
 懐から毛抜きと五円玉をライダーにほうり渡し、股の付け根から石となった半身を砕いた太郎が問う。
「だからこそ私も苦労して、君をここまで運んできたわけだし」
 視線を一方の壁に向ける、そこには桜が入っているものより少し小ぶりな培養槽。
 首だけになった彼女の祖父、間桐臓硯が収められている。

「君の体からじっちゃんを切り離したのは私だ、尤も麻酔をかけたのはそこのライダーだが」
 五円玉と毛抜きを使って、美女の顔から丁寧に針を抜いているA、確かに魔力を蓄えたこの体、蟲達も同時に昏睡させる麻酔を投じるとは見事。
「だが、それでも君の命まで奪う気はさらさら無い、欠けた体も代用品を用意した、見たまえ」
 もう一方の壁に視線を向ける太郎、そこにはスポットライトに照らされた、見事な漫画肉が鎮座ましましていた。
「衛宮士郎から抽出したたんぱく質をモデルに、SPAMとほねっこから再現した代物だ。
 人体を改めて創るのに不自由無い、新たな人生を始めるべく、余分な不思議のかけらも無いまっさらな肉体を提供できる」
 ちなみに、60キロぐらい有れば良かったかな?そう問う太郎を威嚇する桜。
「でもね、コレは無駄になってしまうかな。
 私の見立てが正しければ、君が求める新たな体は、後ろに有る」


 桜の背後に回る太郎、そこには業務用のペットボトルになみなみと注がれた白い液体。
 少しの粘性を帯びた、白濁した代物である。
「「「ずいぶん溜め込みましたね、ホワイトドレッシング」」」
「バカバカ!恥ずかしい事言うな、これはザー○ンなんかじゃない!
確かに魔力はみちあふれているが、こいつはもっと、良いもんよ?」
 ちょっと頬を赤くして、太郎が続ける。
「混沌とよばれた使徒の体組織、いわば『創生の土』の構造を模して作られた代物、
コレを使いこなすものはそうはいまい」
「使徒の体組織だと!?そんな恐ろしいものを桜に植え付けるつもりですか!」
 意気込むライダー、毛抜きが滑って皮膚まで引っ張った。
 外野が黙らせるまもなく悶絶する。
「……だが、君なら使いこなせるだろう。
 長くの間蟲を律し、虚数の属性を持つ気鋭の魔術師間桐桜、こちらを選び、彼の士郎と同じく魔人となる道を取るならば君の真なる願いはかなう。
 好き勝手、できるのだよ?」
「私の願いなど有りません、生涯をかけて私は受け身な女でしたから」
 そっぽを向く桜、いかにも汚らわしい物を(本当にそうだ)見るかのように拒絶する、だがしかし。

「------そうか、マジで思牙の欠片にも無いわけだ。
 衛宮士郎を、自分が救うという考えは------」

 桜の目が見開かれる、急速に、瞳に光が戻ってくる。
 何故思いつかなかったのか、いや、どこまで心の奥底に沈めていた思いであったのか。
 独善的だと必死に自責し、正義の味方と言う壮大な願いを追い求める愛しい男を思いとどめる事、最大の禁忌と自分で自分に言い聞かせたあの狂おしいまでの情欲は何であったか!

 それは士郎を愛することだ、くわえ込んだら離さない事だ!
 骨の髄まで堕落させ、自分無しではいられなくさせる事だ!

「そう、それもひとつの正義の形である。
 君は戦士で有る以上に、一人の恋する乙女であるべきなのだ、コレ最強」
 卑猥な液体を思わせるそれをずい、と前に突き出した太郎。
 力強くうなづく桜、ここに新たな魔人、インタラプトSの一柱が誕生する!

「------今日から君は、ネオ桜だ」


『桜新生』out
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