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 そして、夕方。
 バスにて新都へやってきた三人、事態が派手に動き出すのは夜と見越して、先に腹ごなしをしておこうという結論に至る。
 だが、ここでもまた凛のうっかり属性が炸裂する。
「しまった、どこで食べよう」
 あまり外食をしない凛、もちろん女子高生らしく甘味を商う店などは山ほど知っているものの、食事所として知っているのはマジで値の張るレストランばかりなり。
 もちろん懐を気にしてのことではない、いや、十分懸案事項なのだが二人の親睦会として考えるならもっとこう、フォーマルな場所でテーブルマナーを気にしながらの食事じゃなくてだな。
 馬鹿騒ぎが似合う店が、ベターなのだ。

「二人とも、どんな食事がしたい?」
「それは、和・洋・中いずれかを指しての台詞かね?」
 ……それとも、選択肢を丸投げしたのかね?
 そんな声色のアーチャー、しかし横から飛び出した思いがけない台詞が、その兼を弾き飛ばした。
「アルコールを所望します!」
 まさかセイバーが、そんな提案を出すとは思っても居なかった。
 しばらく固まったままの二人、やがて凛がおそるおそる却下する。
「あ、あのねセイバー。
 夜も見回りつづけるから酔っ払っちゃだめよ?」
「アルコールは魔力還元率が高いのです!万全を期するために浴びるほど飲んで備えるべきです!」
 酒を飲ませろと食って掛かるアーサー王、いかに主とはいえ本気になった彼女を止める術などどこにも無かった。
 まあ、親睦会ならむしろ酒が有るほうがかえって自然なのかも……。
 正直、色々たまっている遠坂さんちの凛さんでもある。
「わーった、わーったわよもう!
今夜は宝石一個つぶす勢いでのみまくるぞっ」
「「応!!」」


「セイバー」
 少女の頭に大きな手がポン、と乗せられた。
 散々取り乱した後、今の話は聞かなかったことにしてくれとうやむやにし、衛宮家土蔵を後にした。
 恐らくなにか色々と、気遣っての発言であっただろう。
 アーチャーは、その真心に感謝した。

 ……子供扱いしないで欲しい。
 セイバーは憮然とした、十五で成長は止まっているが、優に二十歳を超えた女性を捕まえて。
 加えて自分はブリテンの王様なのだ。
 だが、その手を払いのけようとした瞬間。

 彼の笑顔に、射抜かれた。

 恐らくは無意識の、内面からにじんだ本物の笑顔。
 だが、いつも皮肉気な彼の表情からは想像もつかないような、魅力的なそれは瞬時にアルトリアの乙女心をわしづかみにする。
 そういえば、ああも異性の体を強く抱きしめた経験が、自分にはあっただろうか。
 そんなことを考えさせられるくらい、破壊的な微笑み。

「さあ、良ければ私に店を決めさせてもらえないか?
弓兵の目がこの街で一番上等な店を見極めて進ぜよう」

 長い時間を経て我に返ったセイバー、二人に追いつくべく小走りになりながら、
(あれは宝具だ、アーチャーは魅了の術を使ったのだ)
 そんな事を思った。


 そして、たどり着いたのはコペンハーゲンという酒屋なんだか居酒屋なんだか良くわから無い店だった。
 だが、内装は悪くない、すでに出来あがってるOLとか家族連れなんかも居て、心地よい喧騒も有る。
「それでは、これからの私達の栄光に」
「前祝をかねて」
「「「カンパーイ!!!」」」

 ジョッキが打ち鳴らされる音、世界から与えられた予備知識として、とりあえずビールを注文する三人。
 其れが空になるころにはつまみや小料理が勢ぞろいし、嬉々として山盛りのおにぎりを制覇すべくセイバーが動き始めた。
「凛、この海老団子は不思議な食感です」
「ああもう、ご飯粒ついてるわよセイバー、料理は逃げないわ」
 手近なところから皿を制覇して行くセイバー、ものすごい勢いである。
 アーチャーも少し高級なバーボンを注文し、穏やかに水割りを傾けている。
「ねーアーチャー、マンハッタンってどんなカクテルかわかる?」
「ライ麦のウイスキーにベルモット、赤いぞ」
「じゃあそれー!」
 ……色で決めるなら、パラダイス・ガイアかフラッシュバックあたりが真紅だろう。
 共に赤ワインがベースのカクテルだ。
「セイバーはマティーニでもどうだ?少しきついがカクテルの王と呼ばれている」
「おお、ではそれを」
 空になった彼女のグラスを見越して、アーチャーが声をかける。
 生前、恐らく合コンなど縁が無かったであろうに、ものすごい素質。
「「「カンパーイ!!!」」」
 またしても無駄な乾杯、これをやるということはかなりの勢いで酔いが回っていているということだ。

「あー遠坂さんだー」
 皿を下げに来た店員が驚きの声を上げる。
 まずい、未成年者が酒をかっくらっている場面を見咎められたら唯ではすまない。
 顔を青くした凛、うかつであった。
「ああ、失礼だが貴方は?」
 大人の余裕を見せ付けるかのように名前を聞くアーチャー、一応保護者の役をかってくれるらしい。
「ん、この店の店主の娘。
 あー心配しなくてもタイガーには黙っといてあげからじゃんじゃん飲んで」
「ヴ、ありがとうございます」
 その口ぶり、藤村先生の関係者か。
「そうそう、だって未青年の飲酒がヤバイって言うならこっちの娘の方がヤバそー」
 むっとするセイバー、でもカクテルグラス片手におにぎりをほおばる様、説得力は無い。
「ほんとほんと、こっちだって貴方の学校からバイトに来てる奴も居るし、それもタイガー公認」
「ああ其れだが、ここで衛宮士郎が働いているといううわさを聞いたのだが」
「ん?あんたえみやんの知り合い?」
 何だそれは、初耳だぞ、とばかりに詰め寄る三人。
 特に、身内の二人は殺気立っている、どうしてそんな重要なことを知らせないのだと。
「ん、最近はあんまりこないよ。
料理できなくなっちゃったって言ってたし」
 目を見開くアーチャー。
「ほんと、食べても完璧だって言ったってレシピ通りにしかなぞれないって言うからね、まあタイガーからすればそのとおりだって。
 それで不仲になったらしいよあの二人、ほんと餌付けされてるよあいつ」

 出来れば仲良くしてやって、ごゆっくり。
 その二言を残して女性は去って行く。
「ちょっとアーチャー……すごい顔してるわよ?」
 文句を押し込めるほど、自分は渋面をしているらしい。
「ん?先ほど君と同じ制服を見かけたのでね、少し衛宮士郎について聞いてみたんだ、
それでこの店を知った」
 聞かれてもいない言い訳をするアーチャー、それは凛の疑問の的を得ている形で有る意味以心伝心だが、そんな事はどうでも言いと二人。
「余計なこと考えてるなら忘れなさい、ほら、両手に花なんだから笑え笑え」
「ああ、まさか君にまで気を使わせるとは思わなかった。
どうかしているな今日の私は」

 そんな笑顔は、いつも通りの皮肉気な物で、セイバーは少し悲しくなった。


「おいおい、案の定辛気臭え面しやがって」
 そして、真打とも呼べるだろう宴会担当が姿をあらわした。
 お呼びだったかといわれればその青い男は場の雰囲気には最適であろうが、お呼びを掛ける予定は三人共にまったく無い。
 未来永劫同席で野球拳に興じる可能性の無い男、ランサー。
 端的に言えば敵である。


「ラッ、ラランサー、なむでころっぽにいるの!?」
「噛むなよ凛」
 びしりと奴の全身タイツに人差し指を向け、大衆の面前だというのにガンドを連発せんと意気込む凛。
 冷え冷えとした突っ込みは、主の開口一番で他人の振りを決め込む腹を諦めたがゆえ。
 しかしこの異常な風体を恥ずかしげもなく一般人にさらすあたり、証拠の隠滅を早々諦めた感があるな言峰綺礼。

 衣服を引き裂き武装したセイバー、まるで駅のホームで遠距離恋愛中の彼女を迎えんがばかりに望むところのランサー、嗚呼こんな表現しか出来ない当たり自分の肝臓も相当キてるだろう。
 アーチャーは手もとのグラスを干した。

「まったく騒々しいねぇ、俺がこないうちに相当飲み食いしたな?
おーい店員、なんか腹にたまるものと最高にきつい酒をくれ」
 突撃してきたセイバーをひらりと難なくかわすと、凛の横に陣取ったランサー。
 店の調度であったのか、空の酒樽を派手にぶち壊し、千鳥足で戻ってくるセイバーを気遣う、やっぱり足に来ているではないか。
「で、この番狂わせを銅収めるつもりかな、凛?
よもや昨晩の出来ごとを忘れて、共に酒瓶を空けようなどと思っているのではあるまいな」
 いやな笑いを浮かべて問うアーチャーをにらみつける二人。
 この人目を前にして、其れ以外何の選択肢があろうというのか。
「んだよ〜せっかく現界してはじめてのまっとうな食事だぜ、むさくるしい男は言いから嬢ちゃんたちは笑ってくれ」
「そうそう、なかなか斬新なパフォーマンスだったわ、五目雑炊と鱈の煮付けでよかった?」
 周りも拍手で迎え撃つ、どうやら本当に寸劇として扱われたようだ、概ね大道芸人とでも思われているのか。
 確かに我らミスマッチな取り合わせ、個の面子でいうならば自分の役割はエディー・マーフィーあたりだろうか。
「おうおう、うまそうじゃんか。
なあ姉さん、俺に『食べてくれ』っていってくれ」
「……たべてくれ?」
「疑問形じゃねえよぅ、こうびしっと!命令するように言ってくれ」
「食べてくれ」
「応、目下の勧めじゃ食わねわけにはいかねぇ、平らげてやるぜ!」
 元気よく箸をつけたランサー、あてつけのように杓を取る凛と勝手に煮魚のご相伴にありつくセイバー。
 場は確実に荒れている、アーチャーはカウンターに戻ろうとした店主の娘を捕まえ、ランサーをあごで指しながら何事か話しかける。
「おいテメぇ、アーチャー」
「何だ?」
「かんじ悪いな、俺ごのみの女だ、余計なこと吹き込むんじゃねえぞ」
「其れは単なる自意識過剰だ、それよりも用件を先に話してくれないか。
貴様としても、主にこき使われているような意識では酒も不味くなろう」

 察しが良いなとランサーは、獣のような顔で笑う。
「そうよ、マスターから伝言を預かってるぜ。
何せ聞いたら腰を抜かすほどでっけえ提案だからよ、危険手当をつけてもらったほどよ」
 ------それが今夜の酒代か。
 虫食いだらけになった肴を頭からばりばりと食らい、スピリッツで喉を湿したランサー、聞いて驚けと皆の顔を眺め回した。
 胡散臭そうに聞いていたセイバーもピッチャーに残ったビールを口に含む、サーヴァントが召喚される際与えられる基礎知識において、『タフガイの世界で情報の良し悪しは鼻からビールを噴出すかによって決まる』とある。
 真正直に信じているのかアーサー王。
『第五回聖杯戦争参加者諸君は、明日の日暮れまで柳洞寺に集合。
衛宮士郎の抹殺を確認後本戦を開始する』
だってよ。
 管理者からのご通達だ」
 ……開いた口がふさがらないとはこの事だ。


「なに?それってつまりマスターとサーヴァントが総出で衛宮君と対峙しようって事」
「まあそうなるわな。
 今の所その柳洞寺に陣取ってるキャスターとアサシン、そしてそのマスターどもは乗るそうだ。
 バーサーカーは脱落したらしいし、ライダーとそのマスターにはあの似非神父が直々に声を掛けるとさ。
 そいつらも確実に来るだろうとかほざいていたが」
 本当にきつい酒だったようだ、さしものアイルランドきっての英雄も現代のジンは強敵らしい。
「ちなみに俺も行くぜ、俺のマスターは顔を見せないらしいが、代わりにころあいを見て契約を解除してもらう。
そう言われちゃ俺も最後に一仕事しようという気にもなる」
 渋面で硬い液体を飲み下したランサー、だが彼に向かって凛は、
「だって、衛宮君はもう死んだでしょ?」
「「「はぁ?」」」
 アーチャーはすばやくあたりを見回した。
「凛、言葉遣いに気をつけろ。
ここには奴の縁者がいる、幸い聞こえなかったようだが」
「あ、ごめん。
でもあの太郎とか言う変態が粉々にしたじゃない、昨晩」
 三人の英霊は眉根を寄せた。
「凛、おそらく彼は生きている」
「そう言うこと、じゃなきゃ騒ぎを垂れ流しにしてもあの因業牧師が奔走したりはしねえ」
 セイバーの反論に、ランサーが続く。
「凛、君は裏世界の人間以外を軽視する傾向があるな。
外を歩けば、下手をすれば我々すらかなわない難敵が、そこら中にいるのだよ」
「だって、あの状況で生きているとは考えにくいし……」
「私だって考えたくは無いが、でも確かに生きているだろう。
復活した、と言い換えても良いだろうが、まあ奴のねぐらを観察した私の確信だ」
 三人が三人とも、彼女の意見を否定する以上、凛もそれに同意するしかないのだが。

「まああれだ、横槍が入る前に俺達の陣地で待ち構えて、万全の体制で望もうということ。
 俺も殺り合ったが、あのバケモン見たいなバーサーカーを退けたと聞いちゃ、お嬢ちゃんもまんざら悪い手じゃないと思うだろ?」
「でも、だからこそ下手すれば、互いの手札を全部見せ合う事になるでしょ。
始めから聖杯戦争のル-ルを放棄するような事、私は反対だわ」
 完全に酔いが覚めたような、ドスの聞いた声。
 返答遺憾によっては、店を出て従者達にランサーを討つよう命じるだろう。
「なあ嬢ちゃん、あるいはセイバーでもアーチャーでも良いぜ。
------自分を除いて、あの刃の化け物と向かい合って生きて残れる奴がいると思うか?」
 誰も反論しない。
「じゃあ次の質問。
 手前等、手を抜いてあの坊主に勝てる算段はあるか?」
 誰も反論しない。
「じゃあ次は……」
「もういいわ!」
 テーブルを叩きつけて立ちあがる凛。
「結局いかなきゃ参加資格を失うんでしょ!やってやるわよ、どんなに馬鹿馬鹿しくても全力で……」

「こら、酒の席で喧嘩しないの」
 タンブラーを引っさげて、三度席に現れた店員。
 ランサーの前に其れをおいて、大丈夫?と声を掛けた。
「おう、なんでもねえ。
たびたび騒がせて悪いな、愛してるぜ」
「ん〜、あたしもアンタみたいなのタイプかな?
 まあ、のんで多少のいさかいは忘れなさい、みんな」
 なんとなく猫っぽい女性だ、絶妙な間の入り方で、とげとげしい雰囲気は霧消した。
「で、酒のチャンポンなんか注文した覚えはねえけど、あんたのおごりかい?」
「んん、さあ誰でしょう」
 セイバーは首を振る、凛は首を振る。
 最後に重々しく、アーチャーがうなずいた。
「どう言うつもりだオイ」
「情報に対する礼だ、私からの酒が飲めなければ、マスターからという形にしても良い。
目下から進められる食事は断れないのだろう?」

 手をつけるわけでもなく、グラスの中身とにらめっこを続けるランサーを差し置いて。
 アーチャーは言う。
「二番目の問いに答えさせてもらおう。
 たとえ全ての手札を見せ合おうとも、我々は戦いを止めない。
 魔術師たるマスターが心配するのも尤もだが、我々としてはむしろそんな真正面からぶつかるような戦いのほうが、面白いとは思わないか?」
「ハッ、ちげえねえ!」

 ホワイトラムと香草のリキュール、ツイスト・ライムピール。
 グラスに渦巻く複雑な藍、ブラック・トルネードという名の其れは、夜闇を切り裂く人の運命を思わせる。
 景気付けには良い、刺激的なカクテル。
 なによりも戦を前にした英霊達にふさわしい、そんな酒だった。


そんな ゆめの おわり

『英霊集結』over
next session →

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