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 まずは地元のほうから散策して行こう。
 従者に衣服を貸し与え、自宅に鍵をかけ結界を強化し、外へ繰り出した三人。

 昨晩二人の狂戦士が死闘をやらかした場所は、見物人がごった返していた。
 とても割り込めそうな雰囲気ではない、もっとも警察の手が入った以上、目に見えるだけの物的証拠は無くなっているだろうが。
「魔術の残滓だけでも汲み取れれば、決闘の記録を入手できたかもしれないわね」
「おーい来てみろ凛、テレビ局の中継が来ているぞ!」
 はるか前方に進んでいたアーチャー、主を手招きする。
 どうやら地方局のナレーターを口説き落として情報を入手しようとしているらしい。
 首根っこを掴んで連れ戻した、魔術師が目立つわけに行くものか。

 続いて、間桐家跡地。
 一夜にして跡形も無くなった魔術師の旧家。
 没落したとはいえ血のつながった妹、桜が養子として送り出された以上、今回の聖杯戦争でぶつかり合う可能性は十分にあった。
 だがしかし……
「これだけ派手に爆発炎上とは、豪気な手腕ね」
「どのマスターとサーヴァントか、キャスターあたりが好みそうですね」
 すくなくとも暗殺専門のアサシンは除外しても良いだろう、セイバーは評した。
「いや、ここまで大胆だと正規の参戦者は疑えないわ。
後々動きずらくなるもの」
「では、あのタロウが集めたという奇人集団?」
「そう、インタラプトSとかいったわね」
 魔術に頼らなくとも、一夜で民家を灰にするくらいなら現代科学で出来る。
 はたして、あの魔人一党の規模はどこまでのものか。
 この魔術師達の宴を覆すだけの支配力を持つ秘密結社など、日本にあったろうか?
「こんな戦争をかぎつける以上、どっかで神秘秘匿がからんでいるのだろうけど……」

「おーい凛、警察の調べでは死者は一人、高校生くらいの男性とのことだ」
「わーおお手柄アーチャー、でその情報はどこから?」
「こちらの女性から教えてもらった」
「こんにちは〜わたしUHFのアナウンサーをやってます------」
 ものすごい打撃音が彼女の自己紹介を遮った。
 セイバーが力ずくで女子アナを追い返す傍ら、怒りが浸透した凛の怒声があたりを揺るがす。
「あんた!そこまでしてテレビに出たいわけ!
よっぽどのおのぼりさんねこの馬鹿!」
「まあそう言うな、これだけ見事なスーツを貸し与えられた以上見せびらかしたくなるのは道理であって」
「あーそうお父様の遺品処分しないでよかったわ!
でもそれとこれとは話が別なの!あんまし目立つと私が協会からしかられるの!」
「しかしだな、本来証拠の隠滅は監視役の仕事であってこうまで事態を大きくしてままだというのは言峰の怠慢だ。
それにだな、凛」
 真正面から主の顔を見据えて、アーチャーが言う。
「マスメディアは、効果的に利用するべきだ」
 目がマジだった、果たしてこの男は生前、どのような所業をなしてきたのだろうか。

「やれやれ、だれかさんのおかげで大変な目にあいました」
 てすてすとセイバーが戻ってきた。
「おかえりセイバー、あれこれと聞かれたでしょう」
「はい、日本には留学して長いのかとかご両親は理解があるのかとか雑多さまざまなことを。
もちろんはぐらかしましたが」
 ------なるほど、セイバーの容姿に引かれたのだな。
 報道番組の花と呼ばれる彼女からしても、この娘は魅力的だったらしい。
 セイバーは凛に手のひら大の紙片を差し出した、渡して欲しいと頼まれたらしい。
 芸能プロダクションの名刺が三枚、無論アーチャーと凛の分も含まれているのだろう。
 まあ、自分の容姿もまんざらではないということか、少し誇らしくなって、有りがたく鼻をかんで道端に振り捨てた。
「それでですね、アーチャーに伝えて欲しいそうです。
 どうにも出火元は不明で、住居部分は空から焼き尽くされたような後が見えますが、一番激しく炎上していたのは地下室だったとのこと。
 遺体もそこから発見されました、何でも爆発で引き千切られたような後がありせいぜい原型をとどめていたのは腹部から股関節の一部分まで、頭蓋骨が半分とそこにかろうじて残っていた頭髪がひとふさ」
「ああ、遺髪になったわね、そのくらいなら検死解剖後でも桜の手に渡るんじゃないかしら」
 ワカメを握り締めて泣く桜、今までずいぶんとしいたげられたようだが、それでも彼女は泣くだろう。
 彼女は、やさしい娘だから。
「でもどうして、その情報の行く先がアーチャー限定なの?」
「さて、聞き出そうと行動したからというのも一理有りますでしょうが……」
 人だかりの方を向く、件のアナウンサーが投げキッスを送ってきた、アーチャーに。
「……彼女の携帯電話の番号だそうです」
 もみくちゃに成った紙片を差し出す、受け取りを辞退する凛、むろんそれはアーチャーに渡ることは無い。
 セイバーが食った。


 次なる向かい先は藤村組なるヤクザの元らしい。
 聞くところによるとこの辺の表向きの顔役、凛とも多少面識があるとの事。

「しかし、この町の顔とはいえ、表向きのことだろう?
君と面識が有るとはおどろきだな」
「うん、お孫さんが私の学校で教鞭を振るっているって言うのもあるけど、以前この辺で麻薬が流出したことがあって。
そのときに話を聞きに言ったの」
 その時かな、慎二に額を撃たれたのは、などと世間話のように言う。
 二人の従者は凛のでこを注視した、一歩あとずさる凛。
「大丈夫よ、ゴム弾だったし今じゃ魔術の後押しもあってすっかり傷も消えたわ」
「しかし本当かね?君が一般人に遅れを取るとは」
「うん、まあ、私も密売人相手に躍起になっていたからね。
でも、今までは衛宮君の方が慎二の腰巾着だと思ってたの、その辺も踏まえて少し話を聞いてみるわ」
 どうも、このあたりでは有名な話らしいが、色々表に出ない荒事を二人は食い止めていたらしい。
 特に間桐慎二は女子生徒に人気が有ったらしく、学徒の間で話題になるのは彼のほうだった。

 藤村亭で親分である雷画氏に挨拶する、最近この周りが物騒だ、自分の学友も被害に遭っている。
 藤村教員も色々大変だろうから生徒会に代わり自分が情報収集をしている、など。
 あらゆる方便を使って凛が説き伏せている。
 かたや雷画親分も昨日の今日で情報が乱立しているが、目新しい情報として朝から謎の昏倒事件が続出しているらしい。
 特に凛の学校に在籍する女学生が被害に遭い、新都の総合病院に運び込まれていると伝えた。

 衛宮士郎の名を出した。
 何も言わずに、彼の家の鍵を出す。
 今まで何度も、藤村組の鉄砲玉のように使ってしまった。
 彼の申し出があったにせよ、いずれ警察に聴取されるような事もあるだろう、荒らされる前に見ておきなさい。
 雷画は言う。
 セイバーとアーチャーはその鍵を預かり、士郎の住処に立ち入った。


「さて、屋敷の結界はずいぶん開かれた物のようだが、この土蔵の結界はひどいな」
 二人はざっと住居を見回すと、士郎の工房と思われる離れに入り込んだ。
 内側から施錠された扉を強引にこじ開けると、まるで異界に紛れ込んだかのような錯覚に見舞われる。
 三流の仕事だ、とアーチャーは笑う。
「しかし、どうしてここまで執拗な場所を作り上げたのか。
 まるでこの場は戦前の砦だ」
「ああ、それはな」
 何事か呟くアーチャー、続いで壁面が剥がれ落ち、そこに隠されていた武器の数々が顔を見せる。
 片方の壁には銃器弾薬の数々、もう片方には大分数が減っているらしいが、さまざまな剣が収められていた。
「ここは武器庫として使われていたらしいな、銃刀法違反のオンパレードだ」
 崩れた壁材を拾い上げる、士郎にしか解けぬよう魔術で封じられた漆くい。
 凛はともかく、セイバーはそこまで気づくまい。
「信じられない、私ですら伝説でしか聞いたことが無い名剣が多々有る」
 オーソドックスな長剣・短剣、珍しいところでは教会の代行者が使う黒鍵が一ダース。
 そして、彼が愛剣と称する七支刀が二振り、交差するよう壁に飾られている。
 アーチャーはそれを手にとって、構造の解析をはじめた。
(……まるで使い物にならない魔剣だ、確かに呪文詠唱を肩代わりするというのは魅力ある能力だが、純粋に行使する魔力の七倍は浪費する。
 よほど魔力量が有る魔術師でも、こんな燃費の悪い物を使う気など起きまい、私や凛でさえ無理だ。
 では、衛宮士郎はどんな手段で魔力を調達しているのか)

 傍らを見ると、セイバーが手当たり次第に剣を振っている。
 剣士として、これらを検分しているのか、少なくとも道楽ではない。
「なにか、変わったことが有るか」
「はい、それがですね。
 どの剣も、私の型になじみます」
「そうか、好みなら二・三本失敬して行くかね?」
「そんなことを言っているのではありません!
馴染み過ぎるのです、このグラムなど歴史的背景を鑑みれば、私の竜の血が拒絶するはずなのに!」
 渡された竜殺しの剣を、改めて解析する。

 どの剣も、蓄積年月が歪められていた、いや、正しい蓄積年月の上で衛宮が生み出し衛宮が使い、そして衛宮の手で平和を成すだろう、そんな一文が添えられているようだ。
 そんなことをしたら、幻想は瓦解するだろうに!

「アーチャー、これはどう言う魔術なのでしょう。
少なくとも私はこれまで、ここまで完全な剣を所持していた人物を……」
 そうとう混乱しているようだ、だが、そんなセイバーを前に、彼の思考が危険信号を発する。
 まずい、剣製の事を詮索されると自分の真名を気づかれる可能性が有る。
 何とか、煙に巻かなくては。
「そう言えば、かつて対峙したアーチャーが居ましたね、ですがあ奴との接点は無いでしょうし……」
「まあ、設計図が必要だろうがあの太郎のような超能力があれば、これに似た芸当は出来るだろうな。
だが、これに似た魔術を知らないわけではない」
 時にセイバー、君は魔術や魔術師のことをどれぐらい知っているか?
 アーチャーは問うた。

「『それ』は現在の魔術師からすれば常識に分類されることだが、現在『魔法』と称されるものは五種類しかない。
かつては火球一つ作れれば魔法使いと称されたが、現代の科学ではそれ以上のものが創れる。
 設備と投資は必要だが、人工の太陽くらいは創れるさ、結局発火は魔術に格下げしてしまった」
「ですが、その話とこの魔術はどんな関係が有るというのです?」
「話を急くなセイバー、それに私の言い方も悪かったな。
 それに似た『魔法』も知らないわけではない」
 セイバーは息を飲んだ。
「その魔法の使い手はかつて友人のため空中から紙と筆を取り出し、貧しいもののために己の肉をパンに代え、その血をぶどう酒にして恵んだ。
 彼はやがて磔にされた後も一度蘇り、弟子達に教えを説いて回るように言い残すと姿を消した。
 さあこれでわかったろう、我々も、世界中の誰もが名前ぐらいは知り、二千年たった今でも強く信仰されている世界最大の英雄の名前。
 第一魔法使い、その名も?」

「……イエス……イエス・キリスト」

「そう、いずれ復活し、再びこの地に舞い戻るだろう最大最強の抑止力。
現代の魔法使いが三人とか四人とか諸説有るのは彼が居るからだ。
 第一魔法イエスの正体は量子通信、あらゆる知恵あらゆる事象を理解し分子や魂までも『創生』する、恐らくアカシックレコードの記録をもっとも熟知した物だけが使える技。
 あまりに信憑性が薄くて魔術師の世界でも机上の空論とすら揶揄されるほどの……」

 そこで、アーチャーの弁舌は途切れた。
 己が手にした剣を凝視し、顔を青ざめさせ、自分が考え出した空論がどれほど恐ろしいものか、いまさらながら思い当たったかのように。
「アーチャー、どうしました?」
 手にした其れを取り落とした、一笑に伏すべきだ、与太話だと自分の考えを必死に否定しながらもからだの震えがとまらない。

 床に転がった■を見ては成らない、なぜなら其れが■■だ、自分はどこまで■■■■■を甘く見ていた、その正体は■■■■、■■の■■は■■■■、否定しろ否定しろ否定しろ考えるな!ありえないことだ!
 まさか■■が■■に■■■■■事など何億度■■■■しようとも絶対にあっては成らないことだ!
 嗚呼忘れろ自分、まさかこのように激しく■■することが真だこの世にあろうとは……。

「ハハ、ハハはハハはハハはハハははあハハ------あァハハはハハはハハ」
「アーチャー、アーチャー!どうしたのですか、しっかりしてください!」
 もはや震えを通り越して、瘧とすら形容できる。
 手にした剣で自分の喉を掻き切ろうとした彼の手をとっさに払い、ひざをついた彼を抱きしめ、押さえつけた。
 ------アーチャーが正気を取り戻すまで、今しばらくの時間が必要だった。


そんな 夢の おわり

『ゆめのおわり』over
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