interlude.1/2
俺が駆けつけたときは、ときすでに遅く。
親友の家は焼け、爆ぜ、跡形もなく。
間に合わなかった、という悔恨が己の無力を示した。
狂おしいまでの悲しみが、再び自分の胸を焦がした。
間桐慎二は、死んだのだ。
その間際は盛大に、かつその後は誰にも気づかれることなく、という彼のスタンスにしたがって。
それはいつのことだったか、慎二が自分の恋人を紹介してくれた事がある。
その時俺が知り得るだけでも、三つの恋を同時進行中であった彼のことを、さすがに見かねて苦言を聞かせたあの事だ。
あまりに不誠実ではないか、という自分の問いかけに、慎二は彼特有の皮肉気な笑いでこう答えた。
『子供が、結婚を考えて付き合いを始めていいと思っているのかい?』
……こうも言った。
『僕らは社会のことも、深い感情の機微もまったく見当がつかないただの餓鬼だ。
でも、それを知り得るまで恋愛をしないなんてのはそれこそ人生の浪費さ、
衛宮、僕達はね、負け戦も勝ち逃げも数え切れないくらい経験しておくべきだ。
僕は正しい、たとえそれが両手で数え切れないくらいの女の子を泣かせる羽目になろうとも、今の楽しさを否定したくない』
結局、その女の子ともドロドロの喧嘩別れを迎えた後。
俺らは、その哀れな少女の顔も、名前も忘れてしまった。
しかし、その台詞を租借した自分は、勝ちも逃げもせず、ひたすらに負け戦を経験し、
周辺の餓鬼共よりほんの少しだけ、成長した。
思えば、自分より遥かに多くの修羅場に身を投げた友人の事。
恋愛がらみの死に戦も、見当がついていたのではなかろうか。
あるいは、自分の死に際に恋愛を持ちこむことも出来たのか?
そらを見上げた。
もはやそこには英霊なんて馬鹿げた存在が、火花を散らしていることもない。
これなら、多分何の邪魔もなく。
きっと、愛を抱いて散った親友は、最短距離で天に帰る。
それが唯一つ、俺、衛宮士郎へのわずかな慰めになった。
-------四歳の私は永遠であった。
四歳の私には、かげりなどなかった。
いつかは死があることを知らなかったから。
私の生涯に限りがあることを、知らなかったから---
:マルシャーク
指が月を指すとき、愚者は指を見る:3
「ありがとう、間桐慎二」
最後に、一言だけ瓦礫の山に添えると、士郎は駆けてきた道を引き返す。
かつて何度もだまされ、裏切られ、そして命を救われたかつての相棒へ、ささげるものがそれだけかと、自嘲の笑いをもらした。
唯生き残るだけなら、何の意味もなかった十四歳からの戦いの日々。
慎二が自分の背後を守ったのは何時が始めだったか。
------確か、唯食らうために吸血鬼を養殖する牧場を攻めたのが最初か。
逆算すれば、二度目の生の終わりまで、びっちり付き合ってくれたことになる。
自分が歯を食いしばると、彼は嘆いたから。
自分が涙を堪えると、彼は泣いたから。
自分の背後には、間桐慎二がいてくれたから。
衛宮士郎は三度目を生き返り、今この時を生きている。
結局、魔術師を目指したまま、願いかなわず命を失った慎二。
俺にとって、出会えたことが魔法に等しい運命のめぐり合わせだった。
帰路の途中、負けサーヴァントと出くわした。
ただでさえ露出の多い服装なのに、あちこち焼け焦げ、何かに引っ掛けた裂傷が走り、
申し訳値度に体を隠すだけの無残な姿になった長身の女性。
「風邪ひくぞ」
そういって、自分の防寒着を投げ掛ける。
すると、かすかに身動ぎをして、的外れなことを言うなと身を起こす女。
「いいから着ておけ、そで、破れちゃってるけどな」
「ありがたく、お預かりします。
あなたはエミヤシロウですね」
「そうだ、そう言うアンタは慎二の従者だったか?
俺の正体を知って生きてる奴は、今のところ二人だけだ」
「もう一人は、タロウの事ですか」
少しだけ驚いた、この女、先生と面識があるのか、と。
「今しがた、私のマスターが奴の手の者に拉致されました。
これから、取り戻しに行きます」
「じゃあ、アンタの主は桜か。
そう気負うな、迎えに行くぐらいに考えていた方がいい」
「楽天的ですね、貴方は全面的にあの男を信用しているようですが、
私は少なくともこの身に負った手傷の分、タロウという存在を敵視するでしょう」
「先生のことはどうでもいいよ、アンタが英霊であるのなら、すなわち俺の敵ということだから。
何なら、今からでも三途の川へ手引きしてやるか?」
「出来れば今は、見逃してもらいたい。
先の一戦であの男が言う『魔人』の手際は実感しました、
お互い、桜の笑顔を今一度見なければ、安心できないでしょう?」
------ああ、それは相違ない。
「ああ、ぜひとも、安心したいな」
「では、私を打ち倒す時は、マスターを傍らにおいてくださいね、戦士」
「わかった、今は泳がしておくよ。
桜をよろしくな、手負い」
間桐の家に何かあるのは薄々感づいていた。
推測するに、やさしい性根を持つ桜を戦場に駆り立てようとした誰かから、慎二とこのサーヴァントは桜を守ろうとしたのだ。
ならばむやみに敵視することもない、ましてや故人を悼んだ帰り道。
交し合った少しの会話だけで、馬鹿げた戦争への憤りが少しだけ減った。
われながら現金なものだ、これだから美人は恐ろしい。
------それでも、次に相対する時は、躊躇なくその首をもらおう。
それが、士郎の選んだ道である。
幸い、次の標的には心当たりがある。
幾多の戦闘で培ってきた直感で捕らえた、白い少女に付き従う狂気。
まずは大物をしとめようと思っていたのだ-----
背後で、ゆっくりと立ちあがる気配を察した。
俺は背中越しに一つだけ質問をする。
「あのさ、あんた慎二の事どう思った?」
「……子供ですね」
「ありがとう、アンタも慎二のこと好きだったんだな」
形式だけの礼なんか、彼女が表した評価の万分の一程度の価値しか持たない。
子供、いいことじゃないか。
大人になることより、戦士であることより。
自己中心的と嫌われた慎二の方がよっぽど彼らしい。
慎二は、大人になんかなりたくなかった。
きっと、前を見て走り抜ける子供のままで逝ったのだ。
最後の最後まで、浮気のし通しだったな、慎二。
だが誰が彼の生き方を責めようと、自分には彼と過ごした日々がある。
欠片だけでもその生き片に共感が持てるのならば、俺はあいつを悼む権利がある。
――――――だから、もう流れない涙の代わりに、きっとおまえが好きになれるような世界を創るよ。
interlude.out
『傲慢な子供達』over
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