運命がカードを引き寄せ、われわれが勝負する。

:ショーペンハウアー

指が月を指すとき、愚者は指を見る:5


時間を、数十分遡る

「あーあ、一人になっちゃったね、お兄ちゃん」
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、体長二メートル五十三センチの巨人を従え、衛宮士郎の前に立った。

 その天使のような笑顔の裏で、彼へ向けられたのはどこまでも歪んだ思慕の情である。
 彼女は確かに聖杯戦争におけるマスターとして、従者バーサーカーと共に熾烈きわまる戦いを繰り広げる一角であるのだが、その前に。
 唯一執着と呼べるもの、自分の父を奪った存在と知らされた衛宮士郎を捕らえに来たのである。
 彼女の住処、アインツベルン城にはすでに、彼を無限に苦しめるための玩具であふれた部屋が用意されている。
 用意は周到であった、元より彼女が信頼するサーヴァントは誰もが知り得るギリシャの英雄ヘラクレス、たかが戦争ごときに負ける道理も無い。
 聖杯を求める彼女の一党に、ソレを差し出すその日まで、たとえわずかな時間であろうとも士郎の身をもって退屈を紛らわそう。
 苦痛に満ちた己の生涯、その何分の一でも目の前の少年に味わわせたい。
 その昏い喜び、実行に移すときは目前に迫っていた。

「ところで、どうして左腕、無くしちゃったの?」
「……ああ、欲しがっている奴が居たからな」
 まるで、幸福の王子のような台詞。
 彼女の侍女が買い求めた幾つもの本、この地に来てから読み終えた数少ない童話のうちの一つである、
 奇麗事だと思い、絵空事だと感じ、たわいも無い昔話を記憶の底に転がして、
いずれ埃をかぶって風化するだけだと思ってはいたが。
 目の前で、さも当然のように似た行動を取った少年に、理解不能の焦燥が沸く。
 ------つまらない、コイツは自分の体をなんだと思っているのか------
「ねえ、痛くないの?」
「痛いなら、始めから切り捨てたりはしないさ」
「……バーサーカー!」
 鉛色の巨人が動く、その巨体に不釣合いな神速、主が前もって命じておいたその通りに、少年の両足首を手にした斧剣で切断する。
 まるで木の葉のように吹き飛んだ少年、背にした塀にぶつかって地べたに転げ落ちる。
「わたしはね、あなたの腕も足も要らないの。
今は生かすために脳と心臓を残しておいてあげるけど、うちに帰ったら貴方の魂、人形に閉じ込めていろんな事してあげる。
 苦しくて、怖くて、狂ってしまう方がよっぽどマシな遊び、いっぱい考えてるの。
 ねえ、おそろしくないの?」
「ちっとも、逆に君の計画をもっと良く知りたいくらいさ」
------つまらない、コイツは自分のココロを何だと思っているのか------
「まあいいや、じゃあ行こ?
お望みどおり、無限の地獄へつれて行ってあげる」
 不機嫌になるよりも、拍子抜けした。
 恐らく、聖杯戦争に巻き込まれて自暴自棄になっているのか、今をもってすでに人形のような少年を見下げ果て、従者と共に帰路に就く。
 明日からは、また退屈な日々が続くのか。


 だが、その場を去ろうとした瞬間狂戦士が歩みを止めた。
 従者の異変を垣間見たイリヤ、彼の彫刻のような面は恐れという名の感情で通常とは別の強張り、脂汗すら浮かべたその異常の出所を示唆する。
 かの狂戦士にここまでの動揺を抱かせる存在、最も、この状況では彼の手元以外に慮る必要などなかろうが。

「……お兄ちゃん、
どこ掴んでるのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 衛宮士郎は、かろうじて残っている右手でバーサーカーの股間に有るたからものを掴んでいた。
 してやったり、とでも言う風にゆがむ少年の頬。
 バーサーカー、もはや力ずくで引き剥がすこともかなわぬ。
「やめてよお兄ちゃん、バーサーカーが女の子になっちゃうわ!」
 涙目で諭すイリヤ、ともすれば数秒後には史上最強の宦官が生まれようとしている。
 もはや一刻の猶予もない、唯一刻の時間すら、こんな形で、己の生殺与奪を握られるのは我慢ならない!
 バーサーカーの手刀が翻る、目標は衛宮士郎の右腕、はたして豪腕が先か己の分身を毟り取られるのが早いか!







「■■■■■■■■■■■■■■■■■------■!!!!!!!!!!!!」
 間に合わなかったか、雪の上に点々と落ちる紅い飛沫。
 吹き飛ばされた衛宮士郎、その目にギリシャ神話の英雄がショック死した姿を焼き付ける。
 その姿、まさに立ち往生。
「ふ、ふ、ふははははははははははは!!!!!!!!
 どうだ、狂戦士の息子っ、握りつぶしてやったぜ!!」
 腹の底から笑う、士郎、ここにきて完璧な躁状態である。
「しっかし、参ったなァ、天下の半神半人も半身をもって行かれたら唯じゃあすまないか?
 こんな小童に男性自身を掴み殺されるのはさぞかし屈辱だろうよ、黄泉の国でさんざ馬鹿にされるといいぜヘラクレス!あは、ははははははははははははははははっははははっははははっはははははっははははっははは!」
 もはや機能しないその右手で地面を引っかき、狂人のような笑いを続けたまま、
まるで芋虫のように幼女に滲み寄る。
「どうよ、君、おとこにとっちゃ無限の地獄よりなお手軽な地獄があるんだぜ!
暗がりで変なおじさんにセクシャル・バイオレンスな行為を強要されたら、躊躇なく引っこ抜け!
大抵おとなしくなるからな、お兄さんとの約束だ!」
 右手が無事なら親指でもつき立てそうな勢い、この男は狂っている。
 しばらく下唇を噛み、何事かを考えている表情だったイリヤ、ここにきてその細い体に真っ赤な令呪を浮かび上がらせる。
 「バーサーカー、もうここまできて原型をとどめろとは言いません。
やっちゃいなさい!気のすむまで!」


 はたして、ここに再び鬼神が目を覚ます。
 首を傾けた衛宮士郎、其処に地獄があった。
 視線だけで三度は殺されそうだった、文字通り息子のカタキを見咎めて、その豪腕で少年の上半身をがっし、と押さえ込むバーサーカー。
 形だけ、先の無い両足をばたつかせ抵抗らしきものを行う。

 だが、斧剣の腹を数度打ち付け、骨格をばらばらに圧壊するとものすごい勢いで微塵切りを始める。
 末端から高速で、細切れにされて行く己の足。
 常人なら激痛で幾度も意識を失うだろう、だが士郎はその状況を垣間見つづける。

 続いて、残っている右腕を掴み幾度も地面に叩きつける。
 体中の骨が粉砕し、そこらじゅうのアスファルトに欠片を撒き散らす。
 腕の関節は外れ、遠心力で信じられないくらい伸びきる胴体まるでしなる鞭の様相。
 持ち手が根元から抜けるころには、芋虫と形容できそうな有様をさらす。

 狂戦士の憤怒はそれでも収まらぬ。
 己が歯を立てて暴力の嵐から逃れようとした士郎を地面から引き剥がし、素手ではらわたを引きずり出す。
 腸を、肺を、胃を、肝臓を、心臓以外のありとあらゆる臓器を中東のバザーの如くそこら中に並べ始める。

 そのころには顔半分は摩擦で溶け、人相も定かではない顔。
 烏賊の皮でもはがすように頭頂部の髪を掴み、下に引く。
 べろリ、と腰辺りまで背中の筋組織が露になった。

 以下、どこまでも猟奇的な行為が繰り返される。
 流石のイリヤスフィールも青ざめるほどの残虐、思わず顔を背けそうになった。
 しかし、同時に令呪を伴い契約を行使するに当たって、己の体も地獄のような苦しみを、痛みを伴っているのもまた事実。
 そう、生まれてからずっと、悲鳴を殺している自分。


 だが、衛宮士郎はどうだろう。
 今、従者の手元に吊るされて、食肉のように解体される衛宮士郎。
 少しずつ己の肉を削り取られて行く今、このときも。
……ぐぼっ、ぐぼばばばばばばばっばばばっばばあば
 笑っている、嘲笑している。
 もはや呼吸する肺もすでに無いというのに、残っている筋肉を煽動させ、血液をあわ立たせながらいまだ耳障りな笑い声を止めない。
 流石の狂戦士も限の無い行為に飽きたのか、それとも一度足りとも意識を手放さない肉塊をいぶかしんだか、
 ソレを地面に取り落とす。
 律儀にも本当に脳と心臓だけでも残しておいてくれたのだ、怒り心頭でも自我を失わないあたり、心強い従者。
「ほら見なさい、くだらない挑発なんかするから痛い目を見るのよ」
 ------いや、ぜんぜんいたくない。
「……もう強がらなくてもいいよ?家に返って魂入れ替えちゃお、適当な人形にさ」
 ------そんなもの、永遠に必要無い。
 その目で士郎は、憎憎しいほどハッキリとイリヤに意思を告げている。

 恐ろしかった、ここまで来ていまさら、といった感があるが、その瞳に何の恐怖も抱かず。
 淡々と身に降りかかる状況を受け止め、さらには。
 ------君の従者は生き返る事が出来るのか?
 さては、ヘラクレスの試練になぞらえて、12個ストックがあるんだな?ーーーーーー
 逆転の手段すら考じている。

 もはや首と脊髄、心臓だけとなった士郎。
 ソレをささげ持ち、視線を合わせているイリヤ、涙腺が勝手に塩水を分泌し、震えた手はどうしてもその物を手放せない。
 いっそ握りつぶそうか、と従者が手を差し伸べるが、イリヤは布を裂くような悲鳴を上げ、少年の頭を力の限り放り投げた。


 ……時間を少しだけ、早回そう。
 場面は紅い弓兵と、濃紺の影の交錯。

 ------君は踊る剣を見たことがあるかね?
 太郎は言った、両手に剣を携え、生前研鑚を重ねた技を駆使している最中の出来事である。
 アーチャーは己の世界を垣間見た、意思持つ剣は墓標に成り得ぬ。
 伝承の果て、人の血肉を、魂を食らいすぎた業物は飢えるとソレを求めさまよう。
 有る一振りは他人の自由を奪い、また有るものは空の鎧を殻にして、また極まる物は仕留めた死体を構築して肉鞘とも呼べる人形を手掛ける。
 どれもこれも、まごう事無き邪剣だ。
 何かを殺す為に生まれるのが剣、意思持て何の善行を成さんや。

「そんな物は、尊くなかろう」
「いいのか、そんな事を言ってしまっても」
 太郎の問いに、なんら迷うことは無い。
 生前正義の味方を目指し、救いきれなかった無数の存在、彼等を弔うために心深く構築した無限の荒野。
 先の質問の意図を理解した、踊る剣、自分の有り方はまさに其れである。

 ------降りかかる運命に惑わされ、やがて喜び勇んでその運命に首を突っ込んだ。
 我こそはダンシング・ソード、体は剣で出来ている、其れが答えだ。

 彼の者が持つ単分子刀は、如何な趣向を凝らした剣、素晴らしい聖剣でも即座に砕き、叩き折る。
 本来なら自分も同じ剣で武装すべきである、だがしかし。
 原子は本来目に見えるまで引き伸ばせばブラズマ化して爆散する、其れをとどめて居るのは原子記憶を正しく理解し、補強を掛けているからだ。
 原子には、物語が有った。
 万物様様に輪廻転生し、有るときは海の一部分として生体系の土台を育む母、有るときはヒトの一部としてラブスト-リーを展開し、惑星が朽ちた後も真空中を漂い新たな惑星へ。
 人一人が想像もつかぬほど長いスパンで、幾多の反映と黄昏を垣間見る。
 それを生かすことが出来るなら、恐るべし異能、分子情報の消去たる絶対の破壊魔法『青』と真逆の至高。
 ……自分に再現できる術は無い。

 次々と、新たな干将莫耶を投影する、砕かれては持ち替え、弾かれては新た。
 腕に持てる其れだけでは全然足りぬと、空中に何十もの刃を待機させ、魅せる刃のジャグリングはまさしく剣舞の名の通り。
 だが、目の前の敵はそれらをことごとく大小二本の単分子刀で弾き、裂き、間に合わぬ斬撃はかわし、歯で、足で、尻間で受け止めて行く。
 剣と剣の舞踏に似せた、その決闘は魔術と奇行の競い合いであった。

「意固地になっちゃってこのぅ。
その通り、まさに衛宮士郎は踊る剣、悲しみならむしろ望むところ。
その哀れな生き様は他人から見れば理解に苦しむ阿呆とよべるもので、それが逃れられぬ運命ならばいっそ早いうちから挑むべきだろう?」
 そう、同じアホなら踊らにゃ損損である、そう言って太郎は笑う。
「手引きをしたのは貴様だ、と言ったな?
ならば今の衛宮士郎は、私を凌駕するほど哀れなのだな?」
「そう、その通り!」
 胸を張る太郎、即座に鋭い突きが放たれ、超高速で腰を引く。
「英霊よ、英霊ならわかるだろう?
 無常の果て、果ての果てへたどり着いたものこそ語り継がれる猛者になる。
 君達と相対し、大願たる戦争の阻止なんてでけえ事やらかすそのために、七つの地獄を見てきた士郎。
 救い様無いぜ、たった一つを除いてな」

「……そうか、ならば私は戦う意味を無くした。
この場の衛宮士郎は『違い』すぎる」
 剣を降ろすアーチャー、それを聞き、果てしなく間抜けな格好のままでその場に止まる太郎。
「そうか、君の野望は概ね解っている、とりあえず頑張れアーチャー超頑張れ。
近々君は成すべきことを理解する、新たにやるべき事が、な」
 そう言う太郎を一瞥すると、どうだかなとアーチャーは重い溜息を吐く。
 口振から察するに、この男には自分の真名も瞭然だろう。
 どこまでも得体の知れない男だが、この場で自分を斬らないならば、敵では無いと言うならば。
 とりあえずは主と合流し、件の衛宮士郎の様子を見てみようと思う。
 ------ それが目の前の奇人、その真意を確かめる術となるだろう。


 力いっぱい放り投げた、其れ。
 目算50メートル、イリヤとバーサーカーの前に、さらし首となった士郎の頭が建っている。
 おかしい、間違っている。
 無残に転がるならまだしも、なぜ真正面からあの首はこちらをあざけ笑うのか。
 あの首を支える支柱は、何だ?

 目を凝らしてみる。
 それは少年の脊髄、いまや鈍く光を反射する刀身に変貌した其れの上に、いまだ意思もつ顔がこちらを見据えていた。

 ------思えば、なぜ身体の九割以上を失いながら、あの脳は衛宮士郎を生かしつづけたのか、
      早くに悟るべきであった、あの存在は異常である、と------

「そう、そうよね。
 お兄ちゃん魔術師だもの、そこから回復する術くらいあるわよね」
 甘く見ていた、目の前にいるのは敵、けして純朴な獲物ではなかった。
 たとえ従者を失ったとしても、養父から得た魔術で太刀向かう位のことは出来るのだろう。
 それは、ここにきて最早確信だ。

 ------情報追走(ディレクト)
 世界に、意思が放たれる。
 其れは最早呪文の詠唱叶わずとも働く、少年が生きる世界の断り、言わずもがなの真っ当。
 地面に刻まれた幾重の亀裂が、真っ赤な光を放った。
 今まで散々馬鹿笑いをしていた、そのとき引っかいた傷が地面にある。
 バーサーカーが力任せに叩きつけた、その時えぐられた傷が地面にある。
 逃れようと歯でつけた傷がある、細かな骨の破片が飛びはねた跡がある。

 そのすべてに血肉と脂が湛えられ、魔力を込めたパレットが出来あがっている!

 幾重に分かれた阿弥陀籤の枝葉が、当たり前のように剣(ギア)を生み出した。
 整備中とばかりに地面に並べられた内臓が、当たり前のように剣(パーツ)へと変貌した。
 ずるりずるりと惹かれ合い、それらは首の下で組み合わさる、組み合わさる度肉体を復元する。
 衛宮士郎。
 唯人の皮の下は刃金の機構、体は剣で出来ている、其れが答えだ。

「情報再追走(リディレクト)、身体剣製再構築完了(ブラッドアンドマッスルトレースオフ)」


『revive/r/evolver』out
next session 

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