指が月を指すとき、愚者は指を見る:6


 そして、セイバーの手を取り駆け出した凛。
 我に返り、得体の知れない男とアーチャーが戦いを始めた場を離れようとした矢先、
恐怖と混乱に駆られた住人達とすれ違った。
 とっさに雨合羽のフードをかぶせ、セイバーの重装備を隠したのは僥倖である。
「ちょっと、どうしたの一体!?」
「あぁ、この先でなんか、化け物たちが喧嘩してるのよ!
危ないからあんた達も早くここから離れなさい」
 言うが否や、その場を駆け去る主婦、それだけではない。
 近隣住民のほとんどか、と思われる暴徒が凛の両脇を駆け逃げて行く。
「邪魔だよ、どけ!」
 乱暴にどやされた凛は、セイバーと共に壁際に寄り、人並みが落ち着くのをまつ。
 その間思案されるのは本来魔術師同士の争いに、有ってはならないこの状況。
(ひょっとして、士郎?)
 あの変態がほざいた世迷言、信じたくはなかったが。
 ひょっとして、なりふりかまわず抵抗しているのか、というかサーヴァント相手に抵抗できていると言うのか。

「凛、そろそろ行きましょう」
 話せるだけの精神状態まで持ち直したのか、つかまれた手首をそっとはがしてセイバーが言う。
「アンタ、大丈夫?」
「はい、今だ少し動揺していますが。
それよりも、この喧騒の現況を知りたい、最悪貴方の身だけでも守りますから」
「いいわ、行きましょ。
こんな夜中に近所迷惑してる連中には、びしっと言ってやらないと」


 魔力の残滓を放つ血は、一滴たりとも辺りには残らず。
 ゆっくりとこちらに近づく少年、五体満足、であったときのまま。

 完全復活、今まで行われた狂戦士の猛攻は、このとき白紙に戻された。

「すごい手品ね、さすがの私も見惚れちゃった。
でも、これからどうする?生半な攻撃じゃバーサーカーは倒れないわ。
どんないかさまで剣を取り出すのか知らないけれど、彼の宝具『十二の試練(ゴッドハンド)』を貫けるだけの武器、
人間の魔力なら一本手にするくらいで精精ね」
「------なら大丈夫だ、何の問題もないさ」
 士郎は、右手を握る。
「------俺は人間じゃない」
 そこには魔力の流れ、そして心象で八節を重ね、一本の剣が虚像を覆し形を成す。

「------ここに居るのは、正義の味方だ」

 彼の愛刀がその手に握られた。
 けして名だたる宝具ではない、伝説の一端に触れることもない、それどころか剣として使える訳も無い其れ。
 飾り気の無い柄、刃の中ほどから六本の枝が分かれた奇怪な構造。
 だが、中心には擬似魔術回路とも呼べる線が光を走らせている。

 その名も七支刀、魔術回路を持たぬ衛宮士郎が、日々死と隣り合わせの研鑚の果てに設計した必殺武器。
 かつて、駆けぬけた戦場で開花した剣製技術の結晶。
 そして『起源』が彼の心体を蝕もうと、その剣は最後まで少年と戦場を駆けるのだ。


「------情報追走(ディレクト)」
 剣を振るう、それは手にした短杖を振るう程度の意味しか持たない。
 だが、その剣に込められた魔力は、儀礼刀として課せられた理由を知らしめた。
 大刃一本、小刃六本が八節のうち七つまでを肩代わりする。
 たったひとつの動作で、■■から機構を支える動力と、設計図をダウンロードする。
 すなわちシングルアクションで剣製が完了する。
 その剣は彼の魔術回路にして半身、礼装にして魔術刻印。
 正義の味方を支える戦闘技巧(エミヤ・ファイティング・メソッド)の中核である。

「包丁正宗------」
 短刀が生み出され、それは中ほどから途切れた左腕と一体化した。

 「……やっちゃえ、バーサーカー」
 戯曲はここで変調を迎えた。
 再び咆哮をあげ襲い掛かるバーサーカー。
 対する士郎は聞き手に七支刀、もう一方の手には歪曲した短剣を生み出し、互いに揃わぬいびつな刃を握り締め、その一撃一撃を反らしにかかる。
 その斧剣を受け止める度に、原石剥き出しの刃をこそぐたびに少年の筋肉は引き千切れ鮮血を噴き、そのたびに流れた血液は剣を成しその表皮を覆う。

 それは騎士道が黄昏を迎える直後、戦法が馬にまたがる意味を失った末、騎士が取ったスタイルに似ている。
 片手に鋭く、鎧の隙間を貫くためにしつらえた細身の片手剣。
 その反対側には、剣を絡め折るためのとげがついた短剣を持ち、軽やかに舞う舞踏のような剣技。

 もちろん、衛宮士郎が生涯をかけても誉れを成し得る技では無かった。
 しかし、本来必殺の武器を持つ右で刃を受け止め、砕き、また防御に回すべき左腕には秘密兵器。
 不殺を志す彼らしい、逆刃の刀を思わせるような戦い方である。

 だがどうだ、少年の身はどうだ。
 決闘を迎え、その体を守り死に様を飾るのは細工の施された皮鎧ではなく。
 着込めば着込むほどその動きを縛る刃の鎧、おまけにそれは脱ぐことが叶わぬ少年の皮。
 人と刃を併せ持つ異形、だがその瞳は揺らぐことなく前へ。
 なぜ、そのような無様な一騎打ちをみせるのか、衛宮士郎。


 ------要するに、士郎は堪忍袋の尾が切れたのだ。
 今朝はいつも通り桜に起こされて、力いっぱい創った笑顔で二人だけの朝食を囲み、かけがえのない日常の幸福を過ごす喜び。
 そして、たまたま居合わせただけで自分を殺しに掛かったランサーを、不承返り討ちにしてしまったり、かけがえのない親友を助けることも出来ず、またその苦しみを知ることもなかった怒り、悲しみ。
 すべては、聖杯戦争などというおろかな行(タタカ)為のために。

 ------いつか、先生は言った。
 『聖人君子になりなさい。
 荒ぶる力を扱う術を、人の怒りや悲しみを、けして自分の正しいと思うことに使ってはならない。
 なぜなら個人は小さいからな、火と知のすべてにおいて等しく人知を超える、そうすれば君は素敵な正義の味方になってるさ』
 誰が聞いても無茶だと思うことを、先生は口に出して聞かせてくれた。
 それが何よりも嬉しい、正義の味方は不可能の先にしかないことを自覚できたから。
 もっと早くどこまでも、自分という名の個を殺し、すべては世界と霊長のために。
 疾風のように現れて、誰も知らぬうちに去って行く、そんな存在(ゲンショウ)になりたい。

 でも先生、今日もまた俺は自分勝手にブチキレた。
 今もただ、こうやって憤りをぶつける先を見つけて、好き勝手に殴り合っている。
 正義の味方はいまだ遠く果てしないーーーーーー


 少年の底が見え始めた。
 刃がつぶれようとその斧剣は鈍器としての性能は失われず狂戦士はそれを振るいつづけ、逆に自己の矛盾を受け入れた士郎は世界の影響力を受け、その存在を掻き消そうとする無慈悲な痛みを背負いはじめる。
 剣を生やしたその体、ガイアの生態系にあり得るものでは無く。
 ゆえに異分子は、世界によって消去される運命に在る。

 おまけに幾度も補修した体に、自分の脳がついていかない。
 人体二つ分、それに過度な酷使を重ね壊死した内臓・砕けた腕の代えは数知れず。
 少年の意志はそれらを同時に動かしているのと変わり無い、ちぎれた手足は失われたわけではなく、自分のなかで幾度も継ぎ足した。
 絶え間無く続く幻痛をひた隠し、世界が『御前は手足を失った』と表記したそれを認めない。
 なぜなら認めたら即死だからだ、そもそも剣は剣だ、腕じゃねぇ。
 真っ当ではないその人体修復を、少年は己が世界の順当に当てはめて己に誤認識させる。
 おかげで意思という名のちっぽけなメモリは、最早ハングアップ寸前。
 相対するのは眼前の敵だけにあらず、世界と、何よりも自分自身であった。






 《せ、正義の味方は》
 狂戦士が耳にしたのは鉄琴を掻き鳴らすような耳障りな高音。
 声帯すら破壊された衛宮士郎が響かせた空気の音である。
 《倒れてはならない、背を向けてはならない、必勝を心がけ相対した敵に情けを見せず優雅に雄々しく圧倒しこの世界に安寧と秩序を取り戻し静かにそこから立ちさらなければなら------》

 呪文でもなんでも無い、自分を叱咤し奮い立たせるための暗示。
 だが、それは狂戦士の手を留めるには十分な独白である。
 聞いてはいられぬ、なぜ貴様はそうまでして自分を追い詰めるのか。
 人に生まれ、なぜ真っ当な人の生を享受しようとしないのか------!

 《……手を止めるなバーサーカー!》
 激が飛ぶ、知らず相手に恐怖していた自分を恥じるバーサーカー。
 《御前は悪鬼として其処に在れば良い!》
 士郎の絶叫、すでに自身との戦いに身を窶している少年は、方向性を失えば自壊するのは容易い。
 目の前の敵を失うのが怖い、人間味など見せられたら相対する意味を無くしてしまう。
 もとより『霊長全ての救い』を求める正義の味方、うっかりこの筋肉達磨を、救うべきと思ってしまうではないか!

「■■■■■■------■■!!」
 そうだ、相手を知ろうなど己が領分を超えた行為、自分は狂戦士、ただ自我を無くし相手に剣を振るえば良い。
 だから、自分の背で泣いている主の気など留める必要は無いのだ。
 恐怖か、それとも執着した相手を哀れんでいるのかは知らぬ。
 そんなものは、この一歩を押し留める理由になどなりはせぬ。
 自分を止められるのは、汝の喉から挙げられる命か悲鳴の二つのみ。 






 ------まだか、それはまだか!
 たとえ幾度自分を悪となじろうと、自分は目の前の敵を、好いと思い始めているぞ!


 愛は地球を救うかもしれないが、その二人に限ってはそんなものでは救われない。
 互いに分かり合いかける彼ら、だがとどまればそこで切れる戦いという逢瀬。
 戦士にとっては存在意義そのものを失う、そんな地獄の底から留まる為の命綱である。

 傍らの幼女はあまりの状況に声を失っている様子。
 ではもう片方の観戦者に、この戦士たちを表してもらう事にしようか。


 「------狂ってるわ」
 凛が言う、あまりにもといえばあまりにも、信じられぬ光景を目の当たりにした少女の台詞。
 目の前で人の形をした二つの何かが雌雄を決し合う様をどうにか形容詞に当てはめた。

 剣を打ち合っているうちはまだ良かった。
 限度を超えて鍛えぬかれた筋肉の塊と、無駄を削ぎ落としすぎて骸骨だけになった存在でも剣を持ってりゃ戦闘として多少の格好はつく。
 しかしお互い獲物を放り投げ、レスリングなどはじめました。
 大きいほうは筋力でねじ伏せ、小さいほうは体中に生やした刃を牙のごとく相手に食い込ませようとしている。
 不意に脳裏で『怪獣大戦争』といったフレーズが浮かんで消えた。
「凛、あれはもしやシロウですか?」
 そんなことを聞かないでもらいたい。
 心外だ、アレが本当に私と同じヒト科に見えるなら、今から私はネコ科とでも名乗るとしよう。
 そっちのほうがまだ哺乳類だ、
「……ともあれ、周りに被害が行ってるわ。
 神秘をこうも外世界にひけらかされると魔術師として後々面倒よ。
 セイバー、主として奴らの討伐を命じます」
 出来れば御免こうむりたい。
 最悪だ、竜をはじめとする幻想種と渡り合ったこともあるが、ああもハズレた連中を同時に相手するには勝機以前の何かが必要だ、あふれんばかりに。
 「……ご期待に添えましょう」

 しかし忠義を絵に描いたようなセイバー、ともすれば目を背けたくなる眼前の現実をしっかりと見据えて歩み寄る。
 持ち前の聖剣は今使い物にならぬ、先ほど取り戻した選定の剣を構えゆっくりと怪物たちに迫る。
 嗚呼シロウ、どうしてあなたは剣なのか、民の剣として生きた私の過去も、今の貴方ほど不条理の塊ではなかった。
 かくて私も貴方のような存在ならば、なるほど民のおびえる気持ちもわかりましょう。

 はたと気がつく、どうやら少し目の前の二人に憧れのようなものを持っていることに。
 今こうやって、英霊の末席に身をおく自分がだ、英雄描く在るべしと、そう思わせる何かがこの取っ組み合いには在った。
 それは二人が剥き出しの魂をぶつけ合っている証、生前の自分が様々なしがらみの末果たせなかった好敵手との一騎打ちを思わせた。
 手ごわい敵ならいくらでも居た、しかし生涯をかけて追いもとめ、研鑚を積み合い、その心身全てを高め合う存在など伴侶を求めるより得難い。

 騎士としての自分が、あのシロウを求めている。
 なんと言うか、こう、扇情的に。


「おちつけセイバー、憑かれているぞ」
 目の前に赤い外套が降り立つ、まるで瘴気から身を呈して守るかのようなたくましい背中。
「アーチャー、追いついたのですか?」
「おうとも、止めるにしてもあの輩、一人で割って入るには難だろう」
 手を貸そうと、そう言った。
「……わかりました、成すべきことを片付けましょう」
 しばしの物思いを忘れ、バーサーカーを、衛宮士郎を排除すべき敵として向き直ったセイバー。
 だが、正眼に構えなおした剣の切っ先を見て愕然とした。
 そこに、濃紺の人影が立っている。
「なっ!貴様は!」
「らんらんる〜、らんらんる〜」
 太郎である、騎士王が幾度神速で剣を振り回しても、まるで軽業師のように飛び跳ねては剣先に舞い降りる。
 シルエットはまさしく巨大な剣玉だ、このまま突貫しても気が散る。

 横から凛の援護射撃、魔力を通した石ころが太郎の側頭部に直撃し、バランスを崩したその尻へフルスイング。
 場外ホームラン級の一撃で真横に吹っ飛んだ馬鹿は大の字でコンクリの外壁に埋まる。
 ものすごいコンビネーションだ。

「はしゃぎすぎだ馬鹿者、時と場所を考えて行動するというつつしみが無いのか」
 めり込んだ太郎の後頭部にアーチャーの踵が飛ぶ、さらに頭が壁に埋まった。
 ------だがつかの間、凛の剛速球が今度はアーチャーの側頭部を襲う。
「危ないではないか凛、自分の従者に攻撃するやつがあるか」
「お黙んなさい、命をかけて食い止めるとかぬかしておいて同勤させるやつがあるか!」
「気が変わったのだ、そう目くじら立てることじゃない」
「嫌なの!そんな奴が私の前に存在してることは罪よ?キモいから捨ててきて!」
「ハッ、散々ないわれようだな貴様、生まれたことを反省する気になったか?」
「あんたもよ!生前の脳みそ取り戻して来い馬鹿アーチャー」
 古き良き夫婦漫才を思わせる、息をつかせぬ問答。
 ものすごいコンビネーションだ。


「さて凛、気を取り直してだ。
 あそこで相撲をしている衛宮士郎に起こっている状況が、誰か説明できるかな?」
 己の服ごとアイロンがけされたような状態の太郎が言う。
「そうだ、あの馬鹿どんなイカサマであんな成りしてんだか!」
「凛、疑問を述べるか罵倒するかどちらかにしたまえ。
あの手の輩なら聞き知っている、起源がらみの異能だろう?」
 少女の方に手をおき、そのまま背後へ押し戻す。
「くだらない、進化と聞けば何を考えたか己の起源に振り回されているだけではないか。
確かに無様だよ、人と無機物の間をふらりふらりと、蝙蝠かというのだ奴は」
 挑むような視線を浴びせ掛けるアーチャー、返答によっては先の続きをはじめようという心積もりか。
 だが、太郎は諸手を振って弁明する。
 ちがうちがう、そうじゃないそうじゃない、と。
「本来の士郎はあんな不恰好ではない、なんていうか今は先走っている。
いつものあいつはもう少し、地に足がついてる」
「ほう、それはそれは若いな」
 鼻で笑う弓兵、激しくしょんぼりする魔人。

 だが、一連の会話を聞いてようやく納得が行く凛。
 それはどういう神秘かと問うセイバーに、かいつまんで説明する。
 ……まあ、個人が生まれ持った因果というか、因果有るがゆえに生まれた体の人格というか。
 輪廻転生論になるが、自分の体を構成している原子、惑星が生まれる前からあった原子の原始はわれわれ魔術師が求める『』(あるいはアカシックレコード)が決めた方向性を意味付けられて存在している。
 『〜をする』『〜をしなければならない』といった衝動を名づけられ、たかだか生まれ死ぬまで百年の霊長など、自覚した瞬間その方向性にはかなわない。
 寡黙な人間でも『笑う』という起源なら頭の中はいつも常春。
 今の職業がテロリストでも『愛する』という起源を持つものならやがて神文にすがるだろう。
 ただ恐ろしいことに『防御する』という起源を持つものなら、いずれ背中にうろこが生えたり。
 『光合成する』とかいった起源なら体が緑色になる。
 「まあ、マイナーな魔術体系だから私も聞きかじっただけだけど」
 「ではシロウの起源とは、何でしょうか?」
 「剣は関係してるんでしょうけど戦う、ではなさそうね。
切る、突く、凪ぐ……どうにも特定できないわ」


 あれやこれやと四人が騒いでいるうちに、英霊と起源に振り回される少年との戦いは終止符を討とうとしている。
 取っ組み合いに飽きた二人、やがて肉弾戦に移行し、そうなれば不利になるのは士郎のほうだ。
 拳が傷つくことをいとわずに、力いっぱい殴りつけるバーサーカー。
 それをまともに受けて吹っ飛ばされ、民家の屋根に激突。
 防御に回す気力もない、意識は朦朧とし、体の表面にはシュウマイのごとく薄皮が生まれ始めた。
 ------それ己が世界に屈し始めた合図である。

 無意識の安全対策なのだろうが、一度人間の形態に戻れば、脳内の最適化を図るまで体に剣をまとえない。
 それでも戦うすべがないわけではない、だがしかし、あの英霊を前にして殴り合いを続けるのは無謀だ。

 すべてなけなしの根性だけで乗り切ることにした、五メートル以上の高さから跳躍、スピードと反動を十分につけた蹴りを狂戦士に見舞う。
 だがなんという石頭か、土踏まずから刃を飛び出させても、バーサーカーの命を奪うにあたわず。
 着地の際地面に突き刺さったままの足、パンチングボールのような有様で右から左から殴られつづける士郎。
 だが、膝は折らない。
 倒れた瞬間に敗北、それは己が理想の崩壊だ。

 ------狂戦士、良くぞここまで殴ってくれている。
 いまだ戦意は衰えない、そうだおまえを倒すまで世界の安寧はおとずれない!------

 これが最後のチャンスだ。
 先の競り合いで一度は捨てた短刀、そこまで目算十七メートル。
 一度の跳躍で手に取れる距離ではない、ならば……

 左足を犠牲にして距離を稼ぐ、殴られながらつなぐ八節。
 なまくらで作った骨格の隙間に、幻想をたたえた剣を、意味を持つ剣を。






《追走純化(ディレクトピュアライズ)---

------虚空に虹描く鋼華の剣(カラドボルグ)》







 瞬間、士郎の足下が大爆発した。
 左足が根元から吹き飛び、揚力のままに士郎は高く後方へ。
 体をばたつかせ体制を整え、うまくエモノの下に降り立つ。
 その曲がりくねった刀身、見た瞬間絶望や怨嗟を湧き上がらせるそれ。
 その名も『破壊すべき全ての符』
 かつて魔女と恐れられた英霊メディアの宝具である。

 投げナイフの要領で、狂戦士に投げつける。
 的は大きい外れはしない、そう思って大きく振りかぶった刹那。

 バーサーカーが突撃してきた。
 あの爆発で大なり小なり隙ができるともくろんでいたのに。
 何せ名だたる聖剣を炸裂させたのだ、直撃させれば彼の命、一つや二つはもぎ取れたろう一撃。
 必死なのか、そうなのか?
 かの有名なヘラクレス、自分を命を賭けるに足る相手と認識しているのか?
 見れば奴は半身をもぎ取られている、全身の筋肉をバネにして飛びかかってきたと見える。
 おまけにちょうど進路には彼の斧剣、拾い上げ掲げる様はさながら攻城柱だ。
 まにあうか、もう片方の腕を愛刀に向けて伸ばす。
 いささか無理な体制で、二つの剣が鍔迫り合った。


 そこでタイムリミット。
 根を上げたのは、衛宮士郎でもバーサーカーでもなく、傍らで一部始終を見届けていた白い少女。
 魔力を湛えた血が煙と成って、悲鳴もあげられぬまま地面に倒れ伏す。
 主のただならぬ気配を感じたバーサーカー、たまらず背後を振り向いた。

 ------最悪だ。
 その考、敵前で極まりない隙を見せたバーサーカーの物ではない。
 衛宮士郎だ、機が来れば突き刺そうと思っていた盟約潰しの短剣は収まりを知らず。
 貫いた後で後悔が襲う。

 それの姿、まさに姫を守る巨漢の騎士。
 こいつは善良な市民に混乱を巻き起こす、掛け値なしの悪党であったはずなのに!

 狂戦士は身動き一つない主を見やり、自分を貫いた少年の表情を、その手元にある短剣の成りを見ると、何もいわずに主の元に歩み寄る。
 そのまなざしは二度と、衛宮士郎の方に向けられることはなかった。

 徐々に薄れ行くその体。
 やがて少女にたどり着く前に、完全に消え去るまで、士郎はその場を動かず、ただ立ち尽くしていた。
 なんと言う敗北感か、決闘は流れ、そこら中に刻まれた剣痕、何かを救えたという手応えなどどこにもなく。

 己の起源を呪う。
 『創る』という名の自分には、この場にある何かを救うための手段などない。
 否、誰かが誰かを救おうとすること自体が傲慢なのだ。
 先生の言葉、人を救えるのは、今を苦しむその当人だけだ。
 ------ならば正義の味方とは、何を指し示す言葉であったろうか。
 戦を止めたからと言って、その当事者たちに救いの道はないのだろうか。


ああ、自分のようなものでも、どうにかして生きたい。
:島崎藤村


『w-berserker』out
next session →

SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO